FC2ブログ
06 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 08

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback: -- | comment: --

今年もよろしくお願いします 


 明けまして~と言うには、もう遅い時期ですね。
 お正月も過ぎ、そろそろ皆様もいつもの暮らしに戻られた頃でしょうか?

 当ブログも無事に?年を越すことができました。
 ひとえに、お越しくださる皆様のおかげです。
 ありがたいことです。

 私モコイめのリアル側の事情で、少し更新間隔が開きぎみですが。
 次回のお話も、少しずつ書き進めて?おります。
 なかなか納得いくものができず、書いては消し書いては消しの日々ですが…
 これはこれで楽しんでますよ。

 去年は誕生20周年を迎えたCardWirth。
 今年も、CardWirthの世界がより広がることを、ひとりのユーザーとして、楽しみにしています。

 そして、皆様もそれを楽しんでいただけることを。
 今年が、CardWirthを楽しむことのできる良い年になることを。
 ネットの隅からお祈りしております。

 それでは、また。
 
スポンサーサイト

[edit]

trackback: -- | comment: 0

CardWirthリプレイ・目次 

 
 当ブログは、CardWirthの各シナリオのリプレイを主な内容にしております。

 そのため、どうしても一つ一つの記事の文章量が多いのと。
 ブログというシステムの都合上、更新日時の新しいものから順に表示されるために。
 リプレイを最初から、あるいは途中から辿ろうとすると、かなり大変だと思うのです。

 そこで、少しでも読みやすさを改善するため、目次となる記事を作ってみました。
 各タイトルがリンクになっていて、目的のページへとすぐに辿れるようになっています。

 是非、ご活用くださいませ。

 なお、この表記法は、当ブログからリンクを貼らせて頂いている、Y2つ様のブログ『Y字の交差路』の表記を参考にさせて頂きました。


 2018/4/24修正
 本記事をブログ内の上部に移動しました。


・目次

 序文
(CardWirth自体や、その文章によるリプレイについて不明な方向け)

 ・リプレイ開始にあたって

 序章・パーティー結成に至るまで

 ・PC1 アロイス
 ・PC2 ロザリー
 ・PC3 カミル
 ・PC4 ビアンカ & PC5 ディアナ
 ・PC6 エミリオ

 一章・名も無き冒険者達が行く

 ・『ゴブリンの洞窟』
 ・『風鎧う刃金の技』
 ・『優位なもの』 人が消える村
 ・『優位なもの』 四重の罠
 ・『隠者の庵』
 ・『亭主の墓参り』

 二章・道を探して

 ・『碧海の都アレトゥーザ』 碧き海の恵み
 ・『碧海の都アレトゥーザ』 精霊術師と商人
 ・『棒杖のお店』
 ・『教会の妖姫』 異端審問官の男
 ・『教会の妖姫』 紅い瞳の少女
 ・『風繰り嶺』
 ・『希望の都フォーチュン=ベル』 笑顔になれる街
 ・『希望の都フォーチュン=ベル』 ふたつの依頼
 ・『シンバットの洞窟』
 ・『魔剣工房』
 ・『風たちがもたらすもの』

 三章・功を成し名遂げんとす

 ・『Sad in Satin』 決断の時
 ・『Sad in Satin』 光を目指して
 ・『白桜に集う剣』
 ・『葬儀屋シェリィと不思議の館』 響く足音

[edit]

trackback: -- | comment: 0

『葬儀屋シェリィと不思議の館』 響く足音 

 ビロード公に手紙を届けたり、クレアっていう旅の剣士に出会ったりと、忙しかった昨日とは打って変わって。
 今朝の俺達はのんびりと、宿の食堂で親父さんの作った朝飯を食っていた。

 うちの宿、『黒鉄の翼竜亭』の朝の食堂は、結構混雑する。
 親父さんのつくる料理が中々の評判で、わざわざ食べに来るお客さんが結構いるからだ。
 俺達がこの宿に世話になるようになってからの間に、もう何度も顔を見ているお客さんもいるくれえだ。
 一時期、親父さんが冒険者の宿を止めて、食堂一本でやっていく事も考えたって言ってたが、この客の入りなら納得だな。

 ちなみに今朝の献立は、燻製肉と根菜のスープ、スライスしたチーズ、干したイチジクに固焼きのパン。
 特に、親父さんの焼くパンはずっしりとした重みと、確かな食べ応えがあって、しかも腹もちが良い。
 俺達みたいな冒険者や、ここに来るお客さん(見たところ大工や職人が多そうだ)には、安くて腹が膨れるっつうのが、とてもありがてえ。

「いやあ、おいら達の宿をここにしたのは、大正解だったと思うよ。
 美味しいご飯はそれだけで、気分を幸せにするよね」

 親父さん特製の黒パンを頬張るカミルの顔が、満足そうに蕩けていた。
 そうしてしばらくの間、口の中に広がる余韻を噛みしめていたかと思いきや、カミルは猛然と次のパンに手を伸ばす。 

「昨日みたいに公爵の目の前というわけではないですし、あまり堅苦しい事は言いたくありませんが…
 朝食は逃げたりしないんですから、もう少し落ち着いて食べたらどうですか、カミル」

「いや、ご飯ってのは逃げるんだよ~
 今だって、もし急ぎの仕事が入ったりしたら、ご飯どころじゃなくなるじゃない?
 だから食べられる時には、お腹いっぱい食べておかないと」

 エミリオの小言も、カミルにとってはどこ吹く風みてえだ。
 反論しながらも、その手と口は止まらねえ。

「カミルくん、ほっぺにパンくずがついてる。
 おぎょうぎわるーい」

「まあ、カミルの食いしん坊と行儀の悪さは、今に始まった事じゃないから、もう放っておきましょ」

 ロザリーとビアンカが、やれやれといった顔をしながら、自分達の食事に戻っていく。
 もう何度繰り返したかもわからねえ、いつもの朝の風景だな。

 …気を取り直して、俺も飯の続きにしようか。
 俺は思わず苦笑しながら、残ったスープの皿に匙を入れた。


「いらっしゃいませ、お食事ですね?
 申し訳ないんですが、今テーブルが埋まってまして、相席になるのですが…」

「ええ、それで構いません。
 まずはお茶を一杯くださいな」

「かしこまりました、すぐお持ちしますね」

 後ろでは娘さんが、忙しそうに来客への対応を行っていた。
 新しい客は…声からして女性だろうか。

 ややあって、俺の隣の椅子が引かれる音がする。

「すみません、お隣失礼します」

 おっと、そのお客さんは、俺の隣に座ることになったらしい。
 俺が体を寄せて席を空けると、その女性(俺やロザリーくらいの歳のお嬢さんだ)は小さくお辞儀をして、席に着いた。

 何となく気になって、俺は失礼にならねえ程度に、新しいお客さんの様子をうかがう。
 綺麗に編まれたブロンドの髪と、真っ白な肌と、仕立ての良い黒ずくめの服が、印象的なお嬢さんだ。
 下町住まいの男性客が多いうちの店で、きちんとした身なりの女性が、一人で飯を食いに来るのは、結構珍しい気がする。

 そう、俺はただ何となく、相席になったお嬢さんの方をみていたんだが。
 突然そのお嬢さんが、俺の方を向き直って、じっと俺の方を見つめ返してきたんだ。
 しまったな、俺の不躾な目線が、お嬢さんに不快な思いをさせちまったか…?

「そこの貴方…ちょっと失礼します」

 ところが、お嬢さんの次の反応は、意外なものだった。
 彼女は懐から糸玉のようなものを取り出すと、巻き付けてあった紐を伸ばしては、俺の体のあちこちに這わせていく。

 俺にはこのお嬢さんの動作に、見覚えがある。
 最近、俺達は仕事で礼服を着る必要に迫られたことがあるんだが、その時にカミルがこうやって、俺達の体型を測っていたっけな。
 その後、カミルがどこかから調達してくれた礼服は、俺達の体型とだいたい合っていたから、驚いたもんだ。

 それと似たような動きをしてるって事は、このお嬢さんの仕事は、仕立て屋か何かなんだろうか?
 それなら、このお嬢さんが上品な服を着てることも含めて、いろいろと納得だ。
 …納得なんだが、ここは服屋じゃなくて、冒険者の宿だ。
 そんな場所で、初対面の相手に体の寸法を測られるのには、さすがにどう反応したものやら。

 と、俺が面食らってる間に、お嬢さんの『計測』が終わったみてえだ。
 お嬢さんは巻尺にしていた紐を仕舞うと、目を伏せて深く息をつく。

「ええと、お嬢さん、今のはいったい…」

 状況にいまいちついていけてねえ俺が、素直にそう問いかけると。

「…ああ、貴方!素敵だわ!
 まさか、こんな所で『理想の人』に出会えるなんて…
 これは運命じゃないのかしら?」

 突然、お嬢さんが俺の手を取って、恍惚の表情で天を仰ぎ始めたのだ。

 えっと、ちょっと待ってくれ。
 俺とこのお嬢さんとは、今初めて出会ったばかりなんだが。
 今お嬢さんは確かに、『理想の人』とか何とか、言ってたような…?

 これはつまり、その…えええええっ!?

-----------

 いきなりお姉さんに手を掴まれて、すっかり舞い上がっちゃった兄ちゃんをさて置いて。
 当のお姉さんは、割とあっさり我に返ると、おいら達に自己紹介を始めた。

 お姉さん…本名はシャーロットって言うんだけど、みんなからはシェリィって呼ばれてるみたい。
 うちの親父さんとも知り合いで、今日は仕事の依頼ついでに、お茶を飲みに来たんだって。

 相席になったのがおいら達だったし、これも何かの縁ってことで、おいら達はお姉さんから、詳しい話を聞くことにしたんだ。

「貴方がたに依頼する内容ですが…」

 ここで、シェリィさんの声が不自然に小さくなる。
 大きな声で言いにくい事なのかな?
 …なんでだろう、なんだかとっても嫌な予感がする。

「とある人物の『死体』を捜して欲しいんです」

 死体。
 こんな朝早くに、綺麗なお姉さんの口から出たとは思えない言葉に、おいら達はみんな目を丸くする。

 ああ、今感じた『嫌な予感』の正体、もうわかっちゃったよ。
 これきっと、面倒くさくて厄介な依頼なんだろうなぁ。

 お姉さんが詳しい話を始める前から、早くもおいらはげんなりしていた。

「私の実家は葬儀屋でして…葬儀屋とはご存知の通り、死者を手厚く葬るための儀式を行うのが仕事です。
 そしてこの間、いつものように『依頼』を受けたのです。
 依頼人についての詳細は伏せておきますが…葬儀を行ってほしい人物は、魔導都市カルバチアで有名な魔法使いでした」

「…もしかして、亡くなられた方の名前は、ディアッカ・ゾルディアッカと言いませんか?」

 それまで黙って話を聞いていた、ロザリーの姉ちゃんが不意に、シェリィさんの話に割り込んだ。

 依頼人の前だから、いつもの毒舌姉ちゃんじゃなくて、目一杯に丁寧な言葉遣いなところは、やっぱり笑いどころだよね?
 まあ、今はシェリィさんの前だから、おいらも(そしてみんなも)我慢するけどさ。

「ええ、その通りですが、よくわかりましたね。
 もしかしてお知り合いでしたか?」

「直接の面識は無いのですが、幻覚魔法の大家として、賢者の塔でも名前が知られていたのですよ。
 死体捜索の依頼を、シェリィさんがリューンで出されたという事は、お探しの人物は最近まで、この近くに住んでいたと考えられます。
 リューン近郊に住んでいる、名の知れたカルバチア出身の魔術師とまでわかれば、対象となり得る人物はかなりの範囲で、絞り込めますから。
 そうですか、ディアッカ師は亡くなられていたのですね…私も魔術師の端くれ、一度師の魔術の講義を受けたかったですわ」

 姉ちゃんの声からは、どことなく力が感じられなかった。

「そうでしたか、それは謹んでお悔やみを申し上げます。
 ところで、依頼の話の続きをしてもよろしいでしょうか?」

 シェリィさんの言葉に、おいら達は静かにうなずく。

「死者を弔う依頼を受けた、ここまでならば葬儀屋の私だけで充分なお話でした。
 ですが…」

 そこでシェリィさんが言葉を切って、ひとつため息をつく。

「依頼人曰く、確かにディアッカさんは死んだそうですが、その『死体』がどこにあるかが、全く分からないんだそうです」

 …えっ?
 人が死んだ事がわかってて、でも遺体の所在が分からないって、いったいどういうこと?

 おいら達はみんなで顔を見合わせては、首をかしげる。

「シェリィさんと言ったかねえ。
 その話からはどうにも、『事件』の匂いがしないかい?
 例えば…そう、『殺し』とか」

 そんな中、姐さんが声を潜めながら、でもはっきりと言葉に出して警告する。
 この話はたた事ではないんじゃないか、って。

「確かに、何か危険な予感がします。
 けれどこうも思うのです。
 仮に殺人だとして、依頼主が犯人だとしたら…わざわざ葬儀を頼んだりはしないのではないかと」

 …うーん、言われてみればそうかもしれない。
 仮に『依頼人=犯人』だとすれば、シェリィさんの口から自分の存在がバレちゃう可能性だって、充分考えられるわけだし。
 犯人がわざわざ、足がつくかもしれない事なんて、普通ならしないよね。

「それと、死体についてですが、情報が全くないわけでは無いんです。
 そちらの…ロザリーさんならば、既にご存知の話かも知れませんが…
 ディアッカ・ゾルディアッカが晩年を一人で過ごしたとされる館、通称『不思議の館』が、このリューン郊外にあるのです。
 依頼人の話によれば、きっとその館のどこかに、ディアッカの死体があるはずだ、と」

 魔法使いがひとりぼっちで過ごした家、かあ。
 そういうところって、大抵凝り性の住人が、面倒くさい魔法の罠とか仕掛けてたりするんだよね…
 絡繰(からくり)仕掛けの罠なら、おいらが大抵どうにかできると思うけど、魔法の罠はさすがに専門外だから、困ったなぁ。

「冒険者さんにお願いしたいのは、死体の『捜索』と私の『護衛』です。
 ゾルディアッカ邸は『不思議の館』と言われるだけあって、ディアッカの施した仕掛けがいくつかあるようで…」

 あっ、やっぱりあるんだ、魔法の仕掛け。

「そして、先程お話した通り、何か『事件』が絡んでいる可能性がある以上、それ以外にも私の身に何か起きないとも限りません。
 その危険性を考慮して、今回貴方がたに護衛をお願いしたいのです。
 報酬は護衛で銀貨400枚、死体発見で更に銀貨400枚をお支払いします。
 いかがでしょう、受けて頂けないでしょうか」

 シェリィさんの言葉は、真剣そのものだった。

 さて、どうしよう?
 最低でも護衛分の報酬はあるし、リューンの近場で済む仕事と考えれば、死体が見つからなかったとしても悪くない話だとは思う。

 けれどおいらの勘が、絶対に厄介ごとだって言ってるんだよ。
 おいら、悪い事の予感に関してだけは、なぜだかよく当たるんだよね…

「シェリィさん、ひとつ確認させて頂きたいのですが。
 もし私達がこの依頼を受けた場合、遺体の捜索の為に、私達はディアッカ師の屋敷に踏み入る必要が生じます。
 その事が法的に問題になるようなら、この依頼を受けるわけにいかないのですが、そのあたりはどうなってますか?」

 姉ちゃんには、この依頼に思うところがあるのかな?
 シェリィさんに質問する時も、何か考え込むような動きをしていた。

「ええと、そこは大丈夫です。
 依頼人からは『館内の物はある程度持って行っても構わない』とも言われてますから、その前提として屋敷に立ち入る事は、問題ないはずです」

「そうですか…
 皆と相談したいので、少しだけお時間を頂けますか?」

 シェリィさんに了承を取って、ようやく空席ができてきた食堂の中を、おいら達はシェリィさんの居る反対側の隅に移動したんだ。


「で、どうするお前達。
 この依頼、受けていいと思うか?」

 食堂の隅っこに、輪になって並んだおいら達は、小声で相談を始めた。
 朝からわいわいと騒がしい、他のお客さん達のおかげで、おいら達の声はシェリィさんには届かない。

「死者を弔うことは、神に仕える者の使命の一つですし、私個人としては受けたいと思うのですが…
 どうにも今回の話からは、不穏な感覚がしてなりません」

「あたいも同感だね、有り体に言えばきな臭いよ、今回の依頼はさ」

 みんなの口から出るのは、どうにも慎重な意見が多いみたい。
 おいらも、おっちゃんや姐さんに賛成かな?
 たとえ臆病って笑われても、危なそうな依頼には近づかないのが一番だよね。

「…私は、受ける方に一票入れるわ」

 ところが、普段はこういう時に一番慎重な姉ちゃんが、意外にも依頼を受けたいって言いだしたんだ。

「へえ、ロザリーが乗り気なのは珍しいねえ。
 あんたの事だ、そういうからには、何か理由があるんだろう?」

「そうね…まず一つは、単純に魔術師としての興味ね。
 幻術の大家だったディアッカ師の館を探索すれば、師が遺した魔術の残滓に、触れることができるかも知れないし」

 そう言って、姉ちゃんはひとつ息を継ぐ。

「もう一つの理由は、この依頼には何か、裏があるんじゃないかと思うからよ。
 ああ、別にシェリィさんの事を疑ってるわけじゃないわ。
 私が気にかけてるのは、彼女に遺体の回収を依頼した人物の方に、何か別の意図があるのでは、って事ね。
 そもそも、その『依頼人』は何故、遺体のありかもわからないのに、ディアッカ師の死を確信できたのかしら?
 いろいろと怪しいと思わない?」

 まあ確かに、それは姉ちゃんの言う通りだよね。

 例えば、『依頼人』が誰か別の人から、ディアッカさんの死について聞いたんだとして。
 遺体のありかを知りたいと思ったら、まずそれを教えてくれた人に訊ねるのが、普通なんじゃないかな。
 それなのに、わざわざ部外者のシェリィさんに遺体の捜索を依頼するとか、絶対何か理由があるはずだよね?

 そう、見るからに怪しい依頼だから、おいらは受けたくないんだけどさぁ…

「仮に私達が依頼を断ったとしても、シェリィさんはきっと他の冒険者に依頼を出すでしょう。
 どうせ誰かが受ける依頼なら、いっそ私達で受けてしまって、依頼の『裏』も併せて調査してみたいんだけど、どうかしら」

 そうだよね、おいら達が断っても、結局誰かがこの依頼、受けちゃうと思うんだよね。
 単純に仕事の量と収入のバランスを考えたら、決して悪い条件じゃないんだし。

 例えば、最近入ったおいら達の後輩なら、今回の依頼の『怪しさ』に気づかず、飛びついちゃうかも。

「意見が割れたな…とりあえず依頼を受けてえと思う奴は、手を挙げてくれ」

 兄ちゃんの号令で手を挙げたのは、姉ちゃんとビアンカちゃんと…兄ちゃんもか。

「見事に半々に分かれましたね。
 こういう時の最終判断は、アロイスにお願いしてましたね。
 さてどうしますか?私はリーダーである貴方の判断に従いますよ」

 おっちゃんがそういって、兄ちゃんの肩をたたく。
 うん、みんなの意見が割れた時は、最後の判断は兄ちゃんがするって、おいら達決めてたもんね。

「そうだな…なんか臭う依頼ではあるが、シェリィさんが俺達を頼ってきてるのは本当みてえだからな。
 ひとまず依頼を受けて、何か問題が起きるようならその時に、シェリィさんと相談したら良いんじゃねえかな」

 この判断は兄ちゃんらしいね。
 どうせ誰かが受ける依頼なら、自分達で責任を持って…ってことだよね。

 おいら達はみんなでひとつ頷いて、シェリィさんのところに戻る。

 兄ちゃんから依頼を受けるって伝えると、またシェリィさんは兄ちゃんの手を取って大喜びしていた。
 そこでさっきのやり取りを思い出したのか、またまた顔を赤くする兄ちゃん。

 …あっ、ちょうどいいから聞いちゃおうかな。

「ねえシェリィさん、兄ちゃんのことを『理想の人』とか何とか言ってたけど…それってどういうこと?」

 おいこら、と兄ちゃんが慌てておいらを止めたけど、もう遅いもんねー。
 シェリィさんが何て答えるか次第だけど、当分兄ちゃんをからかうネタができるのは、ほぼ確実。
 それならここは、聞くしか無いよね!

「ああ、それは勿論…『棺桶占い』ですよ!」

 けれど、シェリィさんの答えは、おいら達の誰も想像してないものだった。
 ええっと、かんおけうらない!?
 どことなく不吉な響きのする言葉からは、なんだか嫌な予感をひしひしと感じるよ…?

「『棺桶占い』というのは、葬儀屋の間で流行の占いなんです。
 私達の商売道具に『棺』がありまして、これは当然、入る死者の体の大きさに合わせた作りでないと、いけないのです。
 それで、その日に予め作った棺桶に適したサイズの人を見つけることができれば…
 それより素敵な一週間を送ることが出来るって占いなんです!
 アロイスさん、これも何かの縁ですね、いずれ時期が来た時は…是非とも私の棺桶を使ってくださいね!」

 縁起でもないことを平然と口にしながら、目をキラキラさせて兄ちゃんの手を握るシェリィさん。
 いや、だからさ、おいら達冒険者に対して、『死んだら云々』って話はさあ…
 だめだこりゃ、このどこまでもマイペースなお姉さんには、きっと言うだけ無駄な気がするや。

 シェリィさんの用意した棺桶が、兄ちゃんの体にピッタリだったのも。
 ディアッカさんの体格がわからないから、適当に大きめの棺桶をこしらえたが為の、偶然の一致ってオチなんじゃないかなぁ。

 その『理想の人』こと、兄ちゃんは…ああ、すっごくわかりやすく、しょぼくれてる。
 せっかく(珍しく)お姉さんにモテたと思ったのに、理由が『棺桶占い』ときたら、そりゃ落ち込むよね。

 ええと、その…きっとそのうち良いことあるよ、兄ちゃん!

-----------

 ディアッカのお屋敷とやらは、リューンの郊外にあるらしい。
 そこまでシェリィに案内される道すがら、あたい達は彼女の事を質問攻めにしていた。
 今回の依頼には、いろいろとわかんない事が多すぎるからねえ。

 シェリィはどうも話好きな性分らしく、あたい達の質問にも、(聞いてない事まで含めて)どんどん答えてくれたよ。

 まず、ディアッカって爺さんについてだが、相当に頑固で偏屈だったんだとさ。
 親戚らしい親戚も居なけりゃ、弟子も取らず、最近じゃあ屋敷にこもっては、ほとんど誰とも連絡を取らなかったらしい。
 そうなる少し前には、いろいろな奇妙な実験に、熱をあげてた時期もあったらしいねえ。

 それから、死体探しを依頼してきた奴についても聞いてみたんだけど、シェリィにも『男の声だった』位の事しかわからないらしい。
 何でもシェリィに会う時に、そいつは見た目と身元を隠してたんだってさあ。
 ふうん、改めて聞くとますます胡散臭いね、その『依頼人』って奴は。

 他にも、屋敷にある仕掛けは、あくまで侵入者を追い払うためのもので、直接危害を加える類のものは無いらしい、とか。
 魔法のおかげで、ディアッカの死体は恐らく、ほとんど腐っちゃいないだろう、とか。
 その『依頼人』は、出所のよくわかんない情報も、シェリィに伝えてたらしいのさ。

 ま、このへんの情報は、あんまり鵜呑みにしない方が身の為、だろうねえ。

「ところで、その『直接的な危険のある罠は無い』って話、本当なのかな?
 いや、シェリィさんを疑うわけじゃないんだけど、その『依頼人』が本当の事を話してるか、わかんないからね」

 やっぱり、カミルも露骨に疑ってるさね。
 いくらカミルの手先が器用でも、魔法の罠相手だとどうしようもないから、余計にそう思うのかも知れないねえ。

「うーん、決して妄信は出来ないけれど…
 敢えて致命的な罠を置いていない可能性は、充分に考えられるわ」

 ところが、あたい達の中で一番魔法に通じてる、ロザリーの意見は違ったのさ。
 (シェリィが『もっと気さくに話して欲しい』って言ったもんだから、ロザリーも彼女の前で猫を被るのは、止めたみたいだね)

「これが『結界』とか『宝物庫』とかなら、きっとディアッカ師も、可能な限りの強力な罠を用意したでしょう。
 けれど今回向かうのが、師自身の『住居』ってところがポイントなの。
 こういった場所の仕掛けは、万一自分が発動させてしまった時の為に、致命的なものを避ける傾向があるのよ。
 …まあ、普通の魔術師ならそうするってだけで、絶対的な基準ではないのだけれど」

 なるほどねえ。
 簡単に言えば、引っかかったら自分も死ぬような罠を、自分が住む家には普通仕掛けない、ってことかい?
 あるいは、万一自分が罠を踏んだ時に備えて、何らかの対策を別に用意してたりは、するかもしれないねえ。

 そういやあ、あたいが旅の一座で芸をしてた頃にも、似たような話はあったねえ。
 例えば、空中に張ったロープの上で曲芸をする時、万一落っこちてもいいように、客にみえない様にして、下に網を張っておくとか。
 あたいがいた一座の前の座長は、まさかの為の備えってのを、すっごく大事にしてたのさ。

 だから一座が解散するまで、あたい達の一座が事故での人死にを出すことは無かった。
 これが実は結構すごい話だってのは、あたいが一座を出て、旅をするようになってから知った話さね。
 よその劇団じゃ、練習中や公演本番での事故死が起こるのも、そう珍しくはないんだってさ。

「あ、見えてきましたよ!
 あれがゾルディアッカ邸です」

 おっと、あたいが考え事をしてる間に、お屋敷とやらに着いちまったみたいだねえ。

 ディアッカの屋敷は、レンガを組んで作られた立派なものだった。
 ただし、壁にはあちこちに蔦が絡まり、屋根の飾りが欠けてたりと、まるで手入れをされた様子がない。
 家までの道も雑草が生い茂っていて、人が通った気配すらほとんど見当たらない、ときたもんだ。
 シェリィが話してた通り、ディアッカって魔術師は、よっぽど人付き合いが悪かったらしいねえ。

「うん…間違いないですね、依頼人から貰ったメモ通りの所在です。
 早速入りましょう!
 そして、できれば日の暮れぬうちに、ご遺体を見つけてしまいましょう」

 『依頼人』のメモを懐にしまいながら、シェリィが元気のいい声で、先に進もうとあたい達を促す。

 ああ、それがいいね。
 死体探しなんてものは、とっとと終わらせちまうのに限る。
 もし今日中に死体を見つけられなかったら、この薄気味悪い家で一晩明かすことになるんだろうけど、それはさすがのあたいも勘弁願いたいし。

-----------

 扉を開けて、最初に目に飛び込んできたのは…ええと、こういうのを『吹き抜け』っつうのか?
 一階と二階が突き抜けた構造の、立派な階段のある広間だった。
 しばらく掃除もしてないんだろう、部屋の中はずいぶんと埃っぽい。

「静か…ですね」

 シェリィさんがぽつりと呟く。
 そりゃそうだ、この屋敷にいる生きた人間は、俺達とシェリィさんの7人だけなんだから。

「さて、始めるか。
 とりあえず端から順番に調べていこうと思うが、何か意見はあるか?」

「なにせ手掛かりがありませんからね。
 私もそれでよいと思いますよ」

 エミリオに続いて、皆も口々に『それでいい』と声をあげる。

「そうそう、依頼人から邸の『見取り図』も貰っているんですよ!
 これで少しは探索しやすいかと思います」

 シェリィさんがそういうと、彼女の鞄から、くるくると巻かれた紙を引っ張り出してきた。
 そこには確かに、この屋敷を上から見下ろしたときの部屋の配置が、きっちりとした字で書きこまれてる。

「ふうん、この屋敷の見取り図ねえ。
 ぱっと見た感じ、中々に正確そうな図面にみえるんだけど…
 こんなものを用意できる『依頼人』、一体何者なのかしら」

 見取り図があると聞いた途端、ロザリーが難しい顔をして、何やら考え込んでいる。
 ロザリーの慎重さっつうか、考えることのできる範囲の広さには、今までも何度も助けられてきた。

「…今はまず、シェリィさんの依頼を終わらせよう。
 いくぞ、まずは正面の部屋からだ」

 だが今は、仕事の時間だ。
 どうにも怪しい『依頼人』のことは、頭の片隅においておくとしても、その事ばかりに囚われてちゃあならねえ。
 俺達冒険者に求められるのは、堅実な仕事ぶりだからな。

 カミルに罠や鍵が無い事を確認してもらった後、俺は玄関ホールの正面にある大扉を押し開く。
 さあ、まずはこの部屋から、何か痕跡が残っていねえか探していくとするか。

 実はこの時、俺はあることを見落としちまってた。
 もしもその『見落とし』が無かったら、この後の展開は少しだけ、違っていたかもしれねえ。


「へえ、ずいぶんと立派なもんじゃないか」

 部屋に入るなり、ディアナがひゅう、と口笛を吹く。

 その反応も納得だ。
 ここは見た感じ、居間っつうのか応接間っつうのか、そういう感じの部屋なんだが…
 落ち着いた内装としっかりした造りの家具、壁の所々に飾られた立派な絵。
 豪華なのに嫌味を感じねえ、なんだか不思議な感じの場所だった。

「やっぱり、お金持ちの家って凄いんだね。
 みてよこのソファー、ものすごくふかふかしてそう。
 ああ、今が仕事の最中じゃなかったらなぁ」

 カミルの顔が緩んでる。
 きっと、この部屋でくつろいでる様を想像してるんだろう。

「それにしても、ディアッカ氏はこれだけの規模の屋敷に、独りで住んでいたのですよね?
 建物の管理はいったい、どうしてたんでしょうか」

「普通なら使用人を雇うところでしょうけど、そうでないならゴーレムを作ってやらせたんでしょうね。
 ディアッカ師ほどの大魔術師なら、その程度は造作もないわ」

 それに対して、豪華な建物を見慣れてるロザリーの反応は、素っ気ないもんだ。
 あと、意外にもエミリオまで平然としてるのは、旅先であちこちの立派な教会とかを見てきたからだろうか?

「そのゴーレムさんって、まだこのおうちの中にいるのかな?」

「そのあたりはゴーレムを構築した魔法にもよるから、何とも言えないわ。
 主からの魔力供給が途切れたら、役目を終えて勝手に壊れるゴーレムってのも、結構多いのよ」

 そういうものなのか。
 魔法ってのは、なかなか難しいもんなんだな。

 まあ、もしゴーレムが残ってたら、下手すりゃ戦う羽目になるし、居ないに越したことはねえんだが。

 ロザリー達の話を聞きながら、俺は改めて部屋の中を見渡す。
 勿論、探しているディアッカさんの遺体が、簡単に見つかるわけはないんだが…

 おや?
 俺はふと、机の上に無造作に置かれている本に目が留まった。
 本っつうものは基本的に高価なものだ、こんなところに置いたままにしてある本ってえのは、いったい?

 気になったので、本を持ち上げて調べてみたら。
 表紙には一言、『日記』とだけ書いてあった。

 この家にあるっつうことは、これは当然、ディアッカさんの日記なんだろう。
 ならば、この日記には彼の死の直前の事が書いてあるかも知れねえ。
 慌てて俺は本を開いて、中身を読もうとして…

「なんだこりゃ?」

 思わずそう声に出していた。
 何せ開いた本の中身が、大半抜け落ちていたんだから。

「酷いですねこれは、何ページも破かれてるじゃないですか」

 横から覗き込んだエミリオも、落胆を隠そうともしねえ。
 無事だったページを読み返してみると、所々破かれているのを除けば、俺達の来る数日前までの記録が残っていた。
 この続きが書いてありゃあ、遺体探しもずいぶんと捗ったはずなんだが…

「…地道に探しましょうか」

 俺達の様子を見ていたシェリィさんも、ずいぶんと残念そうだ。

「ねえアロイス、ちょっとその本渡してくれない?
 少し気になることがあるの」

 だが、ロザリーだけは諦めきれねえらしい。
 俺から日記を受け取ると、残された文章を丁寧に調べ始めたんだ。

「…やっぱり。
 この本には微かに、魔法の力の痕跡が残っていたから、何かあると思ったんだけど。
 どうもこの日記、屋敷の仕掛けと何らかの関連があるみたい。
 ほら、このページを読んでみて」

 しばらく本を読んでいたロザリーは、唐突に破かれた日記の、まだ無事なページを開いてみせた。
 そこには、癖のある字でこう書かれていた。

『邸の警備の為に、常日頃鍵はどの部屋にも掛けておくよう心がけてはいる。
 鍵は全部で6種類。
 対応する、しない扉がそれぞれに存在し、鍵は一度使うと力を失い消える。
 これは私が死後にも残せるように作った魔力の塊と言うべきであろうか。
 私が居る限り鍵は消えぬが、私が死ねば…』

 なるほど、この部屋は違ったが、他の部屋には故人の魔法で施錠された場所もあるっつうわけか。
 で、その扉を開く鍵は、館のどこかにある…と。

「うへえ、魔法の鍵かあ。
 てことはおいらの技は役に立ちそうにもないね」

 日記を見て、露骨にカミルが嫌な顔をする。

「カミルくんでも開けられないとびらかあ。
 まほうつかいさんのおやしきって、すごいんだね」

 対照的に、ビアンカは不思議な仕掛けに興味津々のようだ。

「とりあえず、今後の探索の役に立つだろうから、この日記は持っていきましょう?
 屋敷の仕掛けを解くヒントになるかも知れないわ」

 ロザリーの提案に、(シェリィさんも含めた)俺達7人は、全員で頷いたんだった。

-----------

 それからも、おいら達は順番に、不思議な館の部屋を調べていったんだ。
 とは言っても、ディアッカさんが遺した魔法のせいで、半分以上の扉は開かなかったんだけどさ。
 これだから魔法使いのお屋敷ってのは、面倒くさいんだよね…

 でも、おいら達が見て回れただけでも、この屋敷には変わったものが、いっぱいあったんだ。

 例えば、地下室を探してた時に拾った紙屑。
 広げてみたら、実はディアッカさんの『日記』の1ページだったから、びっくり。
 試しに『日記』にくっつけてみたら、ぴったり繋がったから二度びっくり。
 (残念なことに、そのページには大したことは書いてなかったんだけどね)

 次に見つけたのが、気分転換を兼ねて裏庭に出たところにあった、でっかい草の束。
 家中どころか、近所中の草を集めたんじゃないかと思うくらい、とにかくものすごい量でね。
 もしかしたらこの中に、ディアッカさんの死体が埋まってるかも知れないというんで、みんなで必死で草の束の中を漁る羽目にあったよ。

 そういえば、もしディアッカさんの死体を見つけたら、この庭に埋めてくれって、シェリィさんは『依頼人』に言われてたんだってさ。

 気を取り直して。
 家の中に戻ってから、今度は『ラオン』って名前の付いた部屋に行こうとしたら…今度は何があったと思う?
 なんと、ガラスみたいに向こうが透けて見える壁。
 でも、兄ちゃんが思いきり叩いてもびくともしない、本当に丈夫な壁。

 目の前に『ラオンの部屋』があるのに、おいら達は近づくこともできなかったんだ。
 多分これも魔法だって、姉ちゃんは言ってたっけ。

 とにかく、この館の探索が一筋縄じゃ行かないのは、よーくわかったよ。
 盗賊ギルドの先輩が、魔法の心得のない盗賊は魔術師の家に盗みに入るなって、口を酸っぱくして言ってたけど、こういうことだったんだね。


 で、今おいら達は、さっきの『ラオン』とは反対側にある『レオン』って名前の部屋に向かって、歩いてるとこ。
 シェリィさんの持ってきた見取図だと、『レオンの部屋』は2階の廊下の突き当たり。
 距離にしてせいぜい数十歩くらいに見えるし、ちょっと歩けばすぐに辿りつくはずなのに…

「おかしい、どう考えてもこの廊下、長すぎる」

 どういうわけか、いくら進んでも進んでも、突き当たりに行きつかないんだよね。
 外から見た館の大きさから考えても、こんなことはあり得ない。

「ああっもう、さっきから色々と面倒くさいねえっ!
 見えない壁に開かない扉ときて、今度は進めない廊下だって?
 どうしてこう、ディアッカって奴の仕掛けは、面倒くさいものばっかりなんだい」

 あっ、姐さんがものすごくイライラしてる。
 気持ちはとてもわかるけど、とりあえず落ち着こうよ。

「これもやっぱり『まほう』のせいなの?」

 ほら、姐さんが当たり散らすから、ビアンカちゃんが不安がってるじゃないか。

「そうね、きっと何らかの術の作用ね。
 ディアッカ師は幻覚魔法の大家だったから、恐らく幻術の類なんじゃないかしら。
 強烈な幻術になれば、視覚や聴覚に限らず、私達の感覚全てを捻じ曲げることすら適うと、昔賢者の塔で学んだことがあるわ。
 けれど、だとすれば幻術は、それ自体が直接人を害する事はできないし、あまり心配しなくても良いわよ」

 そういって、姉ちゃんがビアンカちゃんの肩にそっと手を置いて、落ち着かせている。

 でもさ、もし幻の魔法をうまく使えば、例えば崖を平原に勘違いさせて、転落させることもできるってことだよね?
 まあ、これは今ビアンカちゃんに言わなくても良いかな、余計に心配させるだけだし。

「ロザリー、これが魔法だとして、何か対抗策はあるか?」

「そうね、魔法を解除する為の魔道具が無いから、今すぐ館の魔法を解くのは難しいけれど…
 人の手でかけられた魔法が、人の手でくぐり抜けられない道理は無いの。
 ましてやここは師が住んでいた家ですもの、きっと正当な解除手段が存在するはずよ。
 私に少しだけ考える時間をちょうだい」

 兄ちゃんが質問すると、姉ちゃんは何か打つ手が無いかを考え始めた。
 魔法に関しては姉ちゃんが頼りだから、頑張って。

「『蝋燭の光に真実は存在しない、実体は常に踊る炎のように揺らめき、変わり続けるだろう』
 ディアッカ師の日記の記述が真実なら、蝋燭の火、あるいは何らかの光を放つものが、魔術の媒介…
 なるほど、たぶん魔法の核は、そこにある燭台ね!
 蝋燭の火を消せれば、恐らくこの場所の幻術は解けるはずよ」

 唐突に姉ちゃんが指さしたのは、館の廊下に等間隔に据え付けてある、火のついた蝋燭立てだった。
 言われてみれば、館の主が死んでるのに燃え続けてる蝋燭って、何かがおかしいよね。

「ふむ、この炎を消せば良いのですね?
 これで魔法が解けるなら、お安い御用です」

 燭台は高い所にあったので、おいら達の中で一番背の高いおっちゃんが、フッと息を吹きかけて火を消していく。
 もちろん、蝋燭の炎なんて、息を吹きかけちゃえば簡単に消せる。
 あっけなく火が消えた蝋燭からは、微かに煙の臭いがした。
 なんだ、蝋燭自体は普通のものだったんだね。
 
 …そう思った、次の瞬間だった。
 おいら達の目の前で、一旦吹き消したはずの蝋燭に、また次々と炎が灯り始めたんだ。

 それは間違いなく、魔法でしかあり得ないような出来事で。
 おいら達はただ呆然と、何事も無いように燃え続けている蝋燭を見つめる事しかできなかったんだ。

 なに、なに今の?
 何をどうやったら、消したはずの火がまた勝手に燃え始めるの?
 いくら魔法っていっても、なんでもありすぎだよ!

「どういうこと?間違っていた…?
 いいえ違う、『足りなかった』んだわ」

 声のした方へとっさに振り返ると、姉ちゃんの様子もなんだかおかしい。
 何か怖いものを見るように、蝋燭の炎を見つめては、ぶつぶつと何かつぶやいている。

「足りない?
 ロザリーさん、それは一体どういう事なんでしょう?」

「ディアッカ師の『日記』に、開かない扉の事が書かれていたから、ここの幻術についても『日記』に書かれているんじゃないか。
 そう思って、日記にあった蝋燭の炎の話に倣って、今エミリオに炎を消してもらったのよ。
 でも炎は消えなかった…いいえ、いったん消えたけどまた灯った。
 この場合、一度は消すことが出来たというのが重要なの」

 誰に話すわけでも無く、ひとりでぶつぶつつぶやくのは、何か考えてる時の姉ちゃんの癖だ。
 こういう時の姉ちゃんは、考え事に夢中すぎて、周りへの注意が抜け落ちちゃうことが多いんだよね。
 問いかけるシェリィさんの言葉も、聞こえていないかも?

 …しばらく待ってたら、つぶやく姉ちゃんの声が途切れた。
 姉ちゃん、何か思いついたのかな?

「みんな、待たせてしまってごめんね。
 この館にかけられた魔法について、考えていたんだけど…
 ひとつ確認したいことができたから、一旦階段のところまで戻りましょうか?」

 うん、戻るのは構わないし、戻るしかないのはわかるけど。
 この長い廊下をもう一回歩くのは、結構疲れそうだなぁ。

 ちょっぴりげんなりしながらも頷くおいら達をみても、姉ちゃんは特に顔色を変えずに、ツカツカと来た道を引き返し始めた。
 慌てておいら達も、後を追いかける。

 そうして二歩、三歩と歩いたときだった。
 遥か先にみえる、吹き抜けの玄関ホールめがけて歩き始めたおいら達の視界が、ちょっとだけ歪む。

 えっ!?
 歪んだ視界が戻ったら、あんなに遠くにあったはずの玄関ホールが、もう目の前だ。
 慌てて振り向くと、最初に見た時と同じように、数十歩先に『レオンの部屋』の扉も見える。

 おかしい。
 やっぱりいろいろとおかしいよ、この屋敷。
 さっきまで割と長い時間、『レオンの部屋』に向かって歩いてたはずなのに、帰る時はたったの数歩で戻れるなんて、どうなってるの?

 それもこれも全部、館の魔法のせいなのかな?

「みんな、今までの出来事は全て、この館にかけられた魔法の影響だって事は、もうわかってるわよね?
 この館を調べる為にも、私達はこの魔法をどうにかしなくちゃいけないんだけど…
 エミリオ、さっき言った『確かめたいこと』よ、そこの蝋燭を、さっきみたいに吹き消してもらえる?
 私の背丈だと、ちょっと苦しいから」

「ええ、わかりました」

 そういっておっちゃんが蝋燭に息を吹きかけ…たんだけど、今度は火が消えない。
 それどころか、結構強く息を吹きかけたのに、炎が揺らめきすらしないよ?

「やっぱり、こっちの蝋燭は消えないか。
 これではっきりしたわ、あの廊下の魔法の鍵となるのは、やっぱりさっきの場所にあった蝋燭の火よ」

 姉ちゃんはおいら達を見渡して、キッパリと言い切った。 

「魔法で再現する場合、『消えない火』よりも『消えるけどまた灯る火』の方が、遥かに難しいわ。
 だからここの蝋燭は消えなかった、恐らくさっきの廊下の奴以外、館中にある蝋燭の火は、これと同じ消えないタイプのはずよ。
 でもあそこだけは『消えてまた灯る』蝋燭、つまり他の場所よりも高度な魔法がかけられていた。
 その理由を考えてみたら、蝋燭こそがあの場所の魔法の核と推測できるの。
 そして何故、私達は完全には蝋燭の火を消せなかったのか、それがさっきのシェリィさんの質問への答え。
 私達に『炎の正しい消し方』の知識が『足りなかった』から、今回の結果になったんだと思うわ」

 うん、頭を使う事と魔法に関しては、やっぱり姉ちゃんが一番頼りになるね。

 シェリィさんも姉ちゃんの推理を聞いて、ちょっと興奮気味なのかな?
 姉ちゃんの手を取って、うっとりとした目で見つめている。
 …たぶんこれって、兄ちゃんの体の寸法を測ってたのと同じで、シェリィさんの癖なんだろうなあ。

「なるほど、これで一つ謎に近づきましたね。
 皆さんさすがです。
 ところでその『火の消し方』ですが、ロザリーさん何か心当たりはありますか?」

 そう、魔法のタネがわかっても、解除できなかったら結局先には進めない。
 そしたら結局、依頼も達成できないんだよね。
 姉ちゃんはそこいらへん、何か考えがあるのかな?

「そうね、もう一つの鍵は『文字』にあると踏んでいるわ」

 あくまでも推測よ、と前置きしながら、姉ちゃんが続ける。

「さっきディアッカ師の日記を読んだけど、その中に『幻覚は光を曲げる』という記述があったの。
 その内容自体を疑うつもりはないわ、師がわざわざ書いた文章だし、事実なんでしょう。
 …でも、考えてもみて?
 自分の魔法の特性についてなんて、わざわざ日記に書くようなことじゃないと思わない?
 それでも敢えて、魔法の仕組みを日記に記したということは、記すこと自体が『魔法』にとって、必要な事だったんじゃないかしら?
 私の『魔術特性』…魔術の流派も、文字や言葉をとても大事にするから、この手の事情はよくわかる…ってこれは余談ね。
 とにかく、手元にある日記に書かれていないなら、別のどこかに、あの地下にあった日記のページのようなものが、あるんじゃないかしら」

 うへえ、結局やることは館の捜索ってことに、変わりは無いわけかあ。
 この手の仕事はおいらが本職だから、頑張らないとなあ。
 なにせ今回は依頼人が、シェリィさんがすぐそばで、おいら達の仕事ぶりを見ているわけだし。

 こうしておいら達は、またしても片っ端から部屋を見て回ることになったんだ。


「これで全部見て回ったよな」

「ええ、今のところ入ることのできた部屋に限りますが」

「きれいなほうせきはひろったけど、にっきはみつからなかったね」

「あと見つかったのはこの、魔法のワインっていう怪しい品物くらいかねえ?
 さすがにこのワインを、例の蝋燭にぶちまけて火を消す…ってわけじゃあないんだろ、ロザリー?」

「さすがにそれは無いと思いますが…困りましたね」

 一通り捜索を終えたおいら達は、1階の玄関ホールに戻っていた。

 本当に困ったことに、探せるところを全部探しても、先に進む為の手掛かりが見つからない。
 いわゆる手詰まりってやつだね。

 おいら頑張って、何度も何度も部屋を見返したし、もう見落としは無いと思うんだけど…
 遺体なんて大きなもの、簡単に見つかると思ってたけど、これは完全に見込み違いだったかなぁ。

「さて、あんた達どうするかい?
 仮にディアッカの死体が、鍵がかかってたり辿り着けなかったりな部屋にあったとして、今のあたい達には手が出せない。
 もしこのまま館の探索に行き詰まったら、今回の依頼は達成不能ってことになっちまうよ」

 姐さんの言葉には、どこか疲れたような雰囲気があった。
 まあこういう根気のいる仕事には、姐さんあんまり向いてないもんね。

 けれど向き不向き以前に、達成できるかどうかもわからない依頼を前にして、気持ちが萎えちゃいそうになるのは、おいらにもわかる。
 今回は依頼人のシェリィさんも一緒にいるから、あんまりこんなとこ見せたくないんだけどね。

 …あれ、シェリィさん?
 姿が見えないのが気になって部屋を見渡すと、シェリィさんは柱の陰のほうで、うずくまっていた。

「どうしたのシェリィさん?
 もしかしてお腹が痛いとか?大丈夫?」

「いえ違うんです。
 ほら、これ…なんでしょう?」

 そういって、シェリィさんが床の隅の方を指差す。
 指差された方をよくみると、そこには小さく文字が書き込まれていた。

 大きな声じゃ言えないけど、おいらが昔忍び込んだお屋敷の屋根裏で、似たようなものをみたことはあるんだ。
 建物を建てるときの指示のようなまっとうなものから、単なる職人さんの悪ふざけまで、理由はいろいろなんだけど。
 建築材の一部に文字が書いてあること自体は、そこまで変わったものじゃない。

 それでも、こういうものは普通、建物ができた時にみえなくなる場所に書く事がほとんど。
 今回みたいに、床板という外に見える部分に文字があるのは、ちょっと珍しいね。

 それにしても、シェリィさんって結構細かいことに気づく人なんだなぁ。
 案外、おいらみたいな盗賊の素養があったりして。

 二人で話してると、みんなもおいら達の様子に気が付いて、集まってきた。

「これ、カミルが見つけたの?」

 姉ちゃんが床の文字を指さして、おいらに聞いてくる。
 気のせいか、声がちょっと上ずってるような…?

 おいらが正直に、シェリィさんが見つけたんだよって言うと、姉ちゃんはものすごい勢いで頭を下げ始めた。

「ありがとうございます、シェリィさん!
 あなたのおかげで、謎が一つ解けました。
 さあみんな、例の蝋燭のところに行くわよ!」

 いまいち状況が呑み込めないおいら達を置いて、姉ちゃんはホールの脇にある階段を、急ぎ足で駆け上がっていく。
 ちょっと待ってよ姉ちゃん、みんな置いてきぼりだよ?

 いつも冷静な姉ちゃんらしくない行動に、苦笑いしながら。
 おいら達は姉ちゃんに置いていかれないように急いで、その後を追いかけたんだ。

-----------

 俺達はロザリーの後を追うようにして、『レオンの部屋』に向かって歩き続ける。
 歩いてる感触も、進んでる感触も確かにあるのに、廊下の突き当りに行き着く様子はまるでねえ。
 改めて思い返せば、ここっていろいろと妙な場所だよなあ。

「このくらい歩けば、そろそろいいかしら」

 廊下を少し歩いたところで、ロザリーが立ち止まってこっちに振り返る。

「エミリオ、さっきみたいにろうそくの火を吹き消してもらいたいんだけど、今度は順番が大事なの。
 隣の火を一緒に消さないように気を付けて、私の言う通りの順番で消してもらえる?」

 エミリオはひとつ首を縦に振ると、ロザリーの指示に従って、ひとつずつ蝋燭の火を吹き消していった。
 今回は左、真ん中、右という順番で。
 そうして全部の蝋燭の火が消えたとき…

 どこからともなく、ひゅう、と風が吹く音がしたように感じた。

「うまくいったみたいね、みんな、あれを見て」

 ロザリーの指差す方をみると…目の前に廊下の行き止まりと、『レオン』と書かれた札のかかった扉があった。
 さっきまであんなに歩いてもたどり着けなかった『レオンの部屋』に、俺達はついに辿り着いたんだ。

「さっき玄関で見つけた文字、あそこからも僅かだけど、魔法の痕跡を感じたの。
 ここの蝋燭の魔法と連動しているのではと思って、試してみたんだけど、正解だったみたいね。
 あの文字は、蝋燭の火を消す順番の記号だったのよ」

 偉大なる魔法に触れた喜びか、謎をひとつ解き明かした安堵からか。
 ロザリーの顔はすっかり上気し、興奮を隠しきれてねえ。
 いつもすまし顔のあいつの、年頃の娘らしい表情は、なかなかに珍しい。

「すごいですねロザリーさん!
 さすがに親父さんの選んだ冒険者だけの事はありますね!」

 おっと、年頃の娘さんっつったら、シェリィさんもか。
 まだ遺体は見つかってねえのに、すごいはしゃぎようだ。
 今もロザリーの手を掴んでは、元気に飛び跳ねてる。

 だが俺は、今回の発見を素直に喜べずにいた。

 もしも俺達がこの館に着いた時、玄関もしっかり探索するように俺が指示していたら。
 あの時、シェリィさんが見つけてくれた文字に、俺達自身で先に気が付けていたら。
 今みたいに、みんなに余計な苦労をかけずに済んだかもしれねえ。

「…うーん、時々思うんだけどさ。
 兄ちゃんはなんでも自分で抱え込みすぎだと思うよ?
 せっかく探索が進んだんだから、今くらいは素直に喜んだら良いんじゃないかな」

 それはまるで、俺の内心を見透かしたかのような、カミルの一言だった。

 えっ?どうしてあいつは、俺が何考えてるかわかったんだ?

「ほら、今度は何でわかったんだ?って顔してる。
 兄ちゃんはすぐ顔に出るから、考えてる事がわかりやすいんだよねー」

 やべっ、俺ってそんなに渋い顔してたのか。
 それにしてもカミルの奴、こういう時でも良く周りを見てるよなぁ。

 そして、あいつの凄いところはもうひとつ、自分の仕事には絶対に手を抜かねえところだ。
 今だって、俺に声をかけ終わった次の瞬間には、もう扉やその周りに仕掛けが無いか、調べ始めているんだ。
 カミルの観察力と、仕事の丁寧さには、俺達はいつも感心させられる。
 つい、あいつがまだ子供だっつうことを、忘れそうになるくらいに。

「みんな、この扉には特に仕掛けとか無さそうだし、開けても大丈夫だと思うよ」

「えっ、いつの間にしらべてたの?
 いつものことだけど、カミル君ってすごいね」

 ビアンカに褒められて、カミルの奴は顔を真っ赤にして喜んでる。
 こういうところは、年相応の子供らしくて、微笑ましいな。

 …さて、次は俺の仕事の番だ。

「よし、この部屋に遺体があれば何よりだが、そうでなくても魔法で封じてあった部屋だ、手掛かりの一つはあるはずだ。
 皆、徹底的に探すぞ」

 俺は気を取り直して、皆に次の行動の指示を出したんだった。


 結局、『レオンの部屋』にディアッカさんの遺体は無かったが、俺達は日記の新たなページと、小さな鍵を拾うことが出来た。
 ロザリーとカミルに鍵を調べてもらったら、鍵に使われた金属は粗末なもんだけど、決まった扉に対する開錠の魔法が籠ってるんだとさ。
 ただ、一度使うと魔法の力は消えて、多分鍵も壊れちまうらしい。

 それでも、きっとこの館にある『開かない扉』の、どれかを開けることができるだろうということで、俺達の足取りは軽かった。
 どこから手を付けて良いかさえわからなかった、館の探索にようやく、収穫らしいものがみえたからな。

「やれやれ、ここまでに結構時間を食っちまったね。
 次の手掛かりは、もうちょっと楽に見つかると良いんだけどねえ」

 そう言って、ディアナは傾いた日が差し込む窓を見つめては、肩をすくめている。

「まあその気持ちもわかりますが、今は私達のできることをしましょう。
 コツコツと探索を進めるのも、時には大切ですよ?」

 俺達の後ろから、こんこんと得意の説教を始めるエミリオ。
 確かに言ってる事は正論なんだが、長くなりやすいのが玉に瑕(きず)、だな。

「それにしても、びっくりしたよね。
 ディアッカさんって弟子すらいないって話だったのに、まさか家族がいたなんてね」

 そんな中、カミルが話題を変えようと持ち出したのは、あの部屋に残された日記の1ページについての話だ。
 放っておくとエミリオの説法が始まりそうなので、割り込むにはいい頃合いだったと思う。

「ええと、おじいちゃんにはおよめさんがいて、むすめさんがいて、おまごさんがいたんだっけ?」

「そうね、そして日記によると、本人も死の間際まで、その事実を知らなかったみたいね。
 あともうひとつ気になったのが、ディアッカ師が実の娘を殺したって記述があること。
 ただ、師が無差別殺人犯だったってオチでもなければ、被害者女性との血縁関係を知らなかったことと噛み合わないし、明確な殺意を持っての殺しだとは考えにくいけど。
 ありそうな線としては、不慮の事故とか、何らかの理由で『見殺しにする』形になったとか、そのあたりかしら。
 まあ、日記の記述を信じるなら、当事者がどちらも死んでいる事になるから、今更事実の確かめようもないけどね」

 言いながら、やれやれといった様子で肩をすくめるロザリー。

「なんだか急に、物騒な話になってきたねえ」

「調査を続ければ、そのあたりの背景も明らかになるのでしょうか」

 その話の輪に、ディアナとエミリオも加わる。
 館の捜索にようやく進展があったからか、俺達の雰囲気は、さっきまでよりもずっと、和やかなもんだった。


「みんな静かに」

 突然、カミルが小さくて鋭い声で、警告する。
 その只ならぬ声に、一気に俺達の間を緊張が走った。

 俺達のたてる物音が止んで、館は静寂に包まれる。
 そんな中カミルは、耳に手を当てて、じっとしていた。
 誰も何もしゃべらない、身じろぎひとつできない、そんな時間が長く、長く続く。

「あの…すみません」

 そんな中、最初に口を開いたのは依頼人のシェリィさんだった。

「あまり皆さんが真剣だったので、口を挟めなかったのですが…
 今どこかで、足音がしませんでしたか?」

 足音?
 俺達以外に誰もいないはずの、この屋敷で?
 そんなまさか。

 俺は依頼人を安心させるためにも、大丈夫だよ、と笑い飛ばそうとしたんだが。

「…すごいや、シェリィさんって耳が良いんだね。
 おいらにもほんの微かにしか聞こえなかった物音を、聞き当てるなんてさ。
 うん、確かにおいらにも、誰かの足音が聞こえたよ。
 さっき『静かに』って言ったのは、どっちから音がするかを聞こうとしてたんだ。
 …音が微かすぎて、そこまでは聞き取れなかったけどね」

 続くカミルの言葉は、とんでもないものだった。
 あいつのいう事が事実なら(そしてカミルはこの手の冗談を絶対に言わない)、俺達以外の誰かが、この館にいるってことになるからだ。

 主が死んだはずの館。
 だれも居ないはずの館。
 だが、カミルとシェリィさんの耳は、俺達以外の誰かの存在の気配を、聞き取っていた。

 ならそいつは何故、何の目的でここにいるんだ?

 そこまで考えて、俺は思い出す。
 俺達に依頼された仕事は、ふたつあったことを。

 それは死体の『捜索』と、シェリィさんの『護衛』。
 『捜索』はともかく、『護衛』の方の仕事は、当初の予定では必要ないかもしれないと思っていたが。
 どうやら、とんだ俺の見込み違いだったみてえだな。

 館の中に響いた、何者かの微かな足音。
 それは今回の依頼達成が更に難しくなったことを告げる、不吉な先触れだったんだ。

 
-- 続きを読む --

[edit]

trackback: -- | comment: 0

『白桜に集う剣』 

 
 ビロード公から依頼された、ゾンビ退治の依頼を無事にやり遂げた、その翌日の夕方。
 俺達はいつもの『黒鉄の翼竜亭』に戻って、依頼達成の祝杯をあげていた。

 困難な依頼をこなせたのが嬉しくて(依頼が始まる前が一番大変だったが)、俺達は皆気分よく飲み食いしていた。
 飯を食いながらの話題は、自然と先日の依頼の話になる。
 宿の親父さんも娘さんも、初めのうちは俺達の労をねぎらってくれたんだが…

「ちょっと待てお前達、ビロード公から感状を貰っただと?
 そんな話、わしは聞いてないぞ」

 公爵から、言葉だけでなく文章で褒めてもらえたって話をした途端、親父さんが慌てだしたんだ。

「そういやあ、親父さんにはまだ話して無かったな」

 単にタイミングを逃して話しそびれてただけなので、そう素直に白状したんだが。

「馬鹿もん、そういう大事な話は、真っ先にわしに伝えんか」

 俺の話を聞くなり、親父さんの声のトーンが上がった。

「いいか、うちは冒険者の宿だ。
 うちの所属のお前達が、ビロード公からの寵を受けたのなら、宿としても公爵の温情には応えねばならん。
 例えば、できうる限り早く公爵に礼状を返すとか、公爵の有事の際にはうちの宿の総力で力になると約束するとかな。
 貴族との付き合いっつうのは、そういった気配りが何より大事なんだ。
 お前達が感状の話を言い出さなかったら、危うく公爵への礼儀を失するところだったじゃないか」

 そういって、親父さんは薄くなった頭を掻きむしる。

「公爵への手紙は、わしがこれから書いておく。
 お前達、明日の朝一番で、これから用意する手紙を公爵のもとに届けてこい。
 そこいらの手紙配達人に頼むより、その方が早くて確実だろうからな」

 宣言しながら俺達を見つめ返す親父さんの目には、いつもとは違う種類の迫力があった。

「そうですね、私達が直接届けた方が、先方への敬意をアピールできそうですね。
 わかりました、公爵に失礼のないように気を付けて、手紙を届けて参ります」

 意外にもロザリーが、あっさりと引き受けると言い出した。
 こう言っちゃ悪いが、こういう一銭にもならなさそうな事を、ロザリーが積極的に引き受けたがるのは、相当に珍しい。

「ところで、親父さんにひとつ質問があるのですが。
 『宿の総力を挙げて公爵の力になる』という話がでましたが、手紙にそう書いて構わないくらいに、うちの宿の冒険者って増えたのでしょうか?」

「うむ、お前達が仕事であちこち出掛けてる間に、ひとつパーティーを組める位の人数の新入りが、まとまって入ってきてな。
 まだわしが空いた時間に教育してる最中なんだが、お前達の手が離せないときの代わりにはなるだろう。
 さて、わしは暗くなる前に公爵への手紙を書いてしまいたいから、先にあがらせてもらうぞ。
 あと何か注文があるなら、娘に頼んでくれ。
 それと、明日は早起きしてもらうつもりだから、あまり遅くまで騒いでるんじゃないぞ」

 そう言うと、親父さんはそそくさと奥に引っ込んじまった。

 親父さんが店の事を娘さんに任せちまったのも、無理はねえ。
 手紙を書くっつうのは、基本的に昼間にしかできねえ仕事なんだ。
 夜になっちまって、ろうそく位しか明かりの無え中で、文字の読み書きをするのは相当に難しいからな。

 まあ、これが腕利きの魔術師ならば、魔法の明かりでどうにかしちまうんだろうが…

「それにしても、意外ねえ。
 ロザリーの事だから、タダ働きは嫌だって、お父さんに文句を言うと思ったのに」

 食堂の隅で俺達の様子を伺っていた娘さんが、突然とんでもないことを口にした。
 ちょっと待ってくれ娘さん、そりゃたとえ思っても、言っちゃならねえ言葉って奴だぞ。
 一度ロザリーがむくれたら、あとでなだめるのがものすごく大変なんだからな…

「そうね、一言でいえば投資かしら」

 ところが、ロザリーは意外にも、娘さんの発言で機嫌を損ねたりはしなかった。

「ビロード公へのお礼状を、私達が直接公爵邸に持参すれば、それだけで普通に配達人に手紙を頼むより、早く届けられるでしょう?
 そうすれば公爵には、私達の仕事に対する誠実さを印象付けられるわ。
 手紙の配達程度の手間で、公爵からの信頼を得られるなら、その価値はお金には換えられない。
 だから私は、これがタダ働きだとは思ってないし、タダ働きにするつもりもないわよ」

 なるほど。
 ロザリーの頭の中では、ちゃんと勘定が合ってたのか。
 『タダ働きにするつもりがない』と言い切るあたりは、本当にロザリーらしいな。

「ところで、さっきから気になってたんだけどさぁ。
 さっき親父さんが話してた『新入り』ってのは、いったいどんな奴なんだい?」

「あっ、やっぱりそこ気になります?
 たしか呪い師っぽいお婆ちゃんと、そのお孫さんっていう狩人の娘さんと、修道院から来た尼僧さんと…
 そうそう、お互いに言い争いばかりしてるけど、カッコいい男の人が2人もいるのよ!
 片方はいかにも切れ者って感じで、もう片方はとっても逞しくて…」

 何かを思い出しながら、うっとりとした表情を浮かべながら、ディアナの質問に答える娘さん。
 途中から『色男』ふたりの話に夢中になってるが、まあ娘さんもお年頃なんだろう。

「へええ、まほうつかいのおばあちゃんかぁ。
 こんど会っておはなししてみたいなあ」

「私が言えた話ではありませんが、修道院を出て冒険者になるのは、なかなか珍しい方ですね。
 もしお会いできたら、いろいろと信仰について伺ってみたいですね」

 あとは自然と、まだ見ぬ後輩たちの話で盛り上がり。
 『黒鉄の翼竜亭』の食堂はいつまでも、ワイワイガヤガヤと賑やかだった。

-----------

 つぎの日のあさは、すっごくさむかった。

 わたしたちは、こうしゃくさんの家に行くしたくのために早起きしたんだけど、やどのおじちゃんのあさはもっと早かったの、びっくり。
 井戸からくんだばかりの水はつめたいだろうって、わたしたちがかおとかみをあらうためのお水を、かまどであたためてくれてたのよ。
 おじちゃん、いつもありがとう。

 そしてわたしたちは、いつもよりもきれいなふくをきて、こうしゃくさんのお家にむかったの。

 でもせっかくおめかししたのに、こうしゃくさんの家にはまっすぐ入っちゃダメなんだって。
 ぐるっとお家のうらに回って、だれかに『とりつぎ』をおねがいして、ゆるしをもらって、ようやく中に入れるんだって。

 きぞくの人とおつきあいするには、いろんなきまりごとを守らなきゃいけないんだよって、お姉ちゃんがいってた。

 おそとでしばらくまってたら、お家の中からおてつだいさん?が出てきて、きれいなおへやにとおしてくれた。
 そして、わたしたちにきれいな色ののみものと、いいにおいのするおかしをだしてくれたの。
 しばらくここでまっててねと言って、おてつだいさんはおしごとにもどっていった。

「…うへえ、ここまで長かったねえ。
 庭師を捕まえて手間賃を渡して、公爵宛ての手紙を家令に届けるように伝えて、そしたら今度は部屋で待たされて…
 手紙ひとつ届けるのに、こんな手間暇かかるものなのかい?」

 おてつだいさんが出ていったあと、ディアナがすっごくつかれたかおをして、もんくを言っている。
 そういえば、このまえのおしごとのためにやった『れいぎさほう』のおべんきょうが、いちばん苦手だったのは、ディアナだもんね。

「それが貴族という人種よ、いろんな手順を踏ませるのも、それで私達がどういう存在なのかを推し量ってるの。
 だからこの家の中では、敵の陣地の中くらいのつもりで気を張っているべきね。
 こういう相手への対処法は、実家でみっちり仕込まれてるから、公爵の家の人との対応は基本、私がやるわ。
 みんなは私の動きの真似をして、ボロが出ないようにしてくれればいいわよ…
 あっカミル、お菓子と飲み物に手を付けないようにね」

「うえっ!?
 こんなに美味しそうなお菓子、食べちゃダメなの?」

 くいしんぼうのカミルくんは、さっそく出されたおかしを食べようとして、お姉ちゃんにおこられてた。

「貴族の家で出されたものは、その家の主人から許可を貰わないと、勝手に食べてはいけないものなのよ。
 もし勝手に食べたら、礼儀知らずと見なされて、これから先公爵からまともに相手をされなくなるわ。
 この間の仕事の頑張りをフイにしたくなかったら、我慢しなさい」

「そう言われちゃうと、我慢するしかないけど…勿体ないなぁ、美味しそうなのに」

 カミルくんはとってもざんねんそう。
 そっかぁ、きぞくさんのお家では、おりょうりが出てもかってに食べちゃダメなんだね。

「まあ、武器を振り回す戦いなら兎も角、こういう『戦い』はロザリーに任せっきりになっちまうからなあ。
 俺達が足を引っ張らねえように、頑張らねえとな」

 おにいちゃんがカミルくんの頭をなでて、しょんぼりしてるカミルくんをなぐさめていた。
 そして、おにいちゃんは手をうごかすのを止めないまま、あたまだけをわたしたちのほうに向けなおす。

「そういやロザリー、今更聞いてみるんだが…俺達は手紙を届けに来たんだよな?
 なんで俺達は、公爵の屋敷の中まで通されてるんだ?
 手紙を届けるだけなら、さっきの庭番に配達を頼んだ時点で、用事は済んでるはずだろう」

「確かに、ただの手紙の配達人が、屋敷の中まで通されるというのは、相当イレギュラーな話よね。
 けれど今回は、差出人である『黒鉄の翼竜亭』に所属する私達が、手ずから手紙を持ち込んだ、という条件がついてるわ。
 配達人に任せず、直接手紙を届けた私達の真意を、公爵は測ろうとしてるんじゃないかしら?
 だから恐らくこの後は、前回の仕事で会った爺やさんか、ひょっとしたら公爵本人が…」

 お姉ちゃんが話しているとちゅうで、へやのとびらをノックする音がした。
 もうちょっとお姉ちゃんの話をききたかったけど、ここまでみたい。

 ええと、このあとわたしたちはなにをすればいいんだっけ?
 もうききなおせないから、がんばって思い出さないと…

 ああそうだ、お姉ちゃんのうごきをまねっこすればいいんだ。
 えへへへ、まねっこあそびならとくいだよ、がんばるね!

-----------

 予想してた通り、公爵が私達と直接会いたいという事で、私達は公爵の執務室まで通されることになったわ。
 そして、こっちは予想に反して、公爵家の家令(やっぱり先日の爺やさんだった)から、庭師に預けた手間賃が返ってきたの。

 この手間賃とは、屋敷の裏口近くにいた庭師に、手紙と一緒に託したもの。
 このあたりのマナーはややこしいのだけど…庭師の主人はあくまでも公爵なので、部外者の私が勝手に、彼らへの心づけを渡すわけにはいかないの。
 私が『預ける』と言ったのは、手間賃の用途は使用人の統括者たる、家令の指示を仰ぐように、という言外のメッセージも込めての事。
 とは言っても、手間賃は結局のところ、家令か庭師の懐に入るものだとばかり思っていたわ。

 ところが、『食べなかった菓子の代わり』と称して、実際に手間賃が返ってきたの。
 これは確実に、家令から私達へのメッセージね。

(私達が使用人にも心を配れ、誠意ある対応をすることはわかった、なればこちらからも誠意をもって返す。
 公爵家の使用人に、預かった手間賃を懐に入れるような不届き者はいないから安心しろ。
 …まずはこんなところかしら)

 一般的な貴族は、直接的な表現や、明確な態度を示す事を嫌う者が多いわ。
 その理由は、相手に言質を与えて、自分達の立場を危うくするリスクを避けるため。
 そんな貴族との交渉では、相手の一挙手一投足に注意を払い、その意図を全力で汲み取る姿勢が大事になるの。

 裏口で預けた『手間賃』の扱いひとつでも、裏でこれだけのやり取りがあるのが、貴族の社交というもの。
 『菓子の代わり』として返された手間賃を、私は菓子を仕舞うようにハンカチで包んで、大切に懐に収める。
 勿論、返してもらったお金の扱いにもマナーがあるから、最後まで油断はできないわ。

 そして、ここまでの一連の動きを見た家令は、私達をこれから公爵の執務室まで案内する、と宣言したの。
 恐らく、ここまでの私達の対応には、合格サインをもらえたと思ってもいいでしょう。

 でも、この後の公爵との『面談』の方が、数倍は大変。
 ひとつのミスも許されないし、私達の態度次第では最悪、全員の首が飛ぶことになるわ。

 …大丈夫、私にならやり遂げられる。
 実家でも完璧に仮面をかぶって、何年も父や家族の目を欺き続けてきたんですもの。
 公爵の前でも、この場に相応しい淑女を演じきってみせるわ。


 そして、公爵の執務室。

 最奥の豪奢な机の向こうには、ビロード公爵その人。
 その脇には護衛と思しき騎士がふたり、更に私達をここまで連れてきた家令も入口の脇に控えている。
 公爵家の面々に囲まれて、私達は公爵の目前に通されていた。

「ふむ…お前達の訪問の理由は、お前達が所属する宿からの手紙を持ってきた、ということだったな。
 手紙は確かに受け取った」

 良く通るバリトンの声。
 公爵の言葉が終わるのに合わせて、私は深々とお辞儀をした。

 私の動きを見た仲間達も、慌てて頭を下げている。
 これが社交界なら、全員の動きが揃わないだけで、酷く笑われるものだけれど。
 まあ、私達は冒険者の身分だし、多少動きがぎこちないのは、大目に見てもらえるでしょう。

 そう信じて、私は背中に流れた冷たい汗を無視する。

 さあ、ここからが私の戦い。
 ここは言葉ひとつ、指先の動きひとつまでもが採点される、無慈悲な裁定の場。
 気合を入れなさい、私…

「さて、お前達に訊ねたい事がある。
 配達人を使わず、わざわざお前達がこの手紙を運んできたのは何故か。
 直答を赦す、理由を申せ」

 やっぱりきたわね。
 でも、この質問は想定済み。

「直々の御質問ですので、冒険者という卑しき身分の者が答えることをお許し下さいませ。
 公爵閣下への大切な手紙ですので、お届けにあたり万一にも不備が起こらぬよう、私達が手紙をもって閣下の元へと罷(まか)り越しました。
 公爵閣下から直々にお声をかけて頂き、恐悦至極に存じます」

 そしてもう一度深く、ゆっくりと一礼する。
 公爵もここまでは予想していたのでしょう、私の回答に大して興味なさげに、ひとつ頷いた。

「ふむ…では次だ。
 手紙には『私の有事の際には宿の総力で力になる』と書かれていた。
 お前達の実力は以前に見せてもらった、私もそこは、高く評価しているつもりだ。
 だが、お前達の宿にいる、他の冒険者どもの事は知らぬ。
 そのような者達が、本当に私の力になれると申すか?」

 …この質問には、慎重に答えないといけないわね。

「恐れながら申し上げます。
 公爵閣下の大事とあらば、私達は全力で馳せ参じる準備がございます。
 しかしながら、私達が遠方での任務にあたっていた場合など、直接閣下の元に伺う事が困難な場合もございましょう。
 手紙に『宿の総力を挙げて』という一文を加えましたのは、そのような時に直ちに、代わりの者を用意するという意味にございます。
 私達の所属する『黒鉄の翼竜亭』の冒険者は皆、常日頃より有事に備え、日々鍛錬に励んでおります。
 非才の身にはございますが、必ずや閣下のご期待に副えるものと自負しております」

 ちょっとハッタリが入った言葉だけど、貴族相手には堂々とした態度も必要。
 それに、今の言い方なら、親父さんが書いた手紙の内容からギリギリ逸脱してないし、ここは言い切って問題ないはず。
 親父さんに『宿として』公爵の恩寵に応える意志がある事と、新入りが育ってきてる事は、ちゃんと昨日確認してあるわ。

 まあそれでも、公爵関連の仕事は基本、私達がやろうとは思うけど…今それを言うと蛇足になるから、黙っておきましょう。
 今は私達の宿にいる全員が、公爵の力になれると宣伝しておいた方が、良い場面だからね。

「お前の今の言葉、偽りは無いな?」

「ございませぬ」

 この段階で、言葉を重ねることに意味は無いわ。
 たおやかな動作と微笑みを忘れず、瞳はまっすぐに公爵を見つめて、ただ一言で意志を伝える。
 さあ、ここが正念場よ…

「ふむ、そう言えば先日の洞窟の件でも、お前の言葉に偽りは無かったな。
 手紙を直接持参した事といい、お前達が言葉だけではなく行動をもって、私に尽くす用意ができておる事、よくわかった。
 ならば私も、これからはお前達だけでなく、お前達の宿に所属する冒険者の全てを、重く用いることとしよう。
 …今日は遠路はるばる、大儀であった」

 よし、公爵からは満点と言って良い言葉を引き出せたわ。
 これなら親父さん達にも、胸を張って報告できるわね。

 どっと吹き出した汗と、思わず漏れそうになる吐息を、ひた隠しにしながら。
 私は公爵への感謝を込めて、できうる限りの優雅な動作で、深く深くお辞儀をしたの。

-----------

「ぷはぁー、本当にドキドキしたあ」

 公爵の家が見えなくなったところで、カミルが大きなため息をついた。
 無理もねえ、誰に何を見られてるかわからない緊張から、これでようやく解放されたからな。

「ああいう空気、あたしゃもう二度とごめんだねえ。
 もうさっきから肩が凝って肩が凝って、仕方がなかったさね」 

「大丈夫ですよディアナ、次に公爵邸に呼ばれる事があるなら、それはきっと公爵からの仕事の依頼があった時でしょう。
 公爵領の統治は安定しているようですから、しばらくはお呼びがかかることは無いと思いますよ」

 正直に言うと、俺も公爵から呼ばれることが、しばらく起きなきゃ良いな、って思ってる。
 エミリオの言う通り、次に俺達がビロード公から呼ばれるとしたら、例えば公爵の私兵ではどうにもならねえ問題が起きた時だ。
 公爵から頼ってもらえるのはありがてえが、そんな問題は初めから起きない方が、いいに決まってるよな。

 それに、俺もああいうかしこまった場に呼ばれるのは、ちょいと居心地が悪い。
 そういう意味でも、すぐに呼び出されるのは勘弁して欲しい…
 なんてことを言ったら、頑張ってくれたロザリーに悪いかな?

「とりあえず、あとは宿に帰って親父さんに報告すれば、公爵の話は一旦終わりね。
 その後は…そうね、宿の貼り紙をみて、次の仕事を探しましょうか」

 そのロザリーは、大きな仕事をやり遂げた後の、清々しい顔をしていた。
 まあ、今日の交渉がうまくいったのは、全部ロザリーのお陰みたいなもんだ。
 帰ったらしっかり労をねぎらってやらねえとな。
 親父さんに頼んで、今日はロザリーの好みの料理を作ってもらうかな?

 周りを見渡すと、皆も緊張がとけたのか、朗らかで晴れ晴れとした顔をしていた。
 …だけどただ一人、ビアンカの表情だけが、さっきからどうにも冴えねえ。

「どうしたビアンカ、どこか調子が悪いのか?」

 俺は一旦足を止めると、ビアンカの前にしゃがみこんでそう聞いた。
 ビアンカは驚いたように俺を見て、ふるふると首を横に振る。

「ううん、ちがうの。
 こうしゃくさんとおはなししたとき、ひとつ思いだしたの」

 ん?思い出した?

「わたしたち、どうくつのゾンビさんをたいじしたでしょ?
 でもさいしょにどうくつをぬけたとき、ゾンビさんにつうじるこうげきがあまりなくて、お兄ちゃんもディアナもたいへんだったとおもうの。
 だから、こんどゾンビさんに会ってもへいきなように、なにかできることがないかなあって…」

 ああ、あの時の事を思い出したのか。
 確かに『ゾンビの間を無傷ですり抜ける』っつうのは、中々に大変だった。
 ビアンカは直接戦うのが仕事じゃねえし、俺やディアナといった前衛組に申し訳ないって気持ちが、どっかにあるんだろう。

「そういやあ、あの日のビアンカは大活躍だったな。
 動物達に道を調べてもらったり、攻撃を逸らす加護をかけてくれたり。
 あの洞窟を抜けられたのは、全部ビアンカのおかげだ」

 だから俺は努めて、ビアンカの活躍を褒めることにした。
 実際、ビアンカ抜きでの洞窟突破なんて考えられねえし、あの日の彼女がそれだけ頑張ってたのは、事実だからな。

「ええ、ビアンカの援護の歌は、本当に助かったわ。
 けれども、そうね…確かにあなたの言う通りかもしれないわ。
 今後の為にも、アンデットに対する備えをもう少し厚くすること、検討してみましょうか。
 …ねえ、エミリオ?」

 ビアンカの頭を撫でていたロザリーが、唐突にエミリオへと話を振る。

「またずいぶんと急ですね、ロザリー?
 確かに、教会では対不死者用の秘蹟も教授しております。
 不死者への対処は、教会の責務の一つですからね。
 ですが、例えばリューンで扱っている【亡者退散】は強力なのですが、あれは不死者を祓うことに特化した秘蹟でして、他の用途に使えないのです。
 それに私は先日、皆様のお金を使って【祝福】を修めさせて頂きましたし、私だけが技を習うのは、なんだか申し訳ないです」

「つまり、エミリオは次にいつ会うかもわかんない、ゾンビども相手『だけ』の対策は、効率が悪いって言いたいんだね?
 可能なら、直近で技を習ったビアンカとエミリオ以外が学べる、便利な技があれば尚良し、ってところかねえ。
 宿に戻ったら、ついでに行商人が置いて行った張り紙も確認してみるかい?」

 確かに、それもいいな。
 前回、公爵さんから多めに報酬を貰ったし、この際誰かが新しい技を教わるのもいいかもしれねえ。

「…そういうことなら、おいらにひとつ心当たりがあるよ。
 たぶん、兄ちゃん向けの話になるかな?」

 そういって話に割り込んできたのは、カミルだ。

「少し前から、リューンの郊外に旅の剣士が流れてきて、そこで技を教えてるみたいなんだよね。
 それだけなら、別に珍しい話でもないんだけどさ、その剣士の使う技って、ずっと東の国の剣術を元にしてるらしいんだ。
 あっちの剣術には鬼や幽霊を斬れるものも多いって聞くから、もしかしたら掘り出し物があるかもしれないよ?」

 ふむ、異国の剣術か。
 そういやあ、俺がきちんと剣を教わったのは、何ヶ月か前にシグルトさんの指導を受けた時くらいだな。
 あとは毎朝早起きして、素振りや足腰の鍛錬を繰り返して、仕事で剣を振るってきた、それだけだ。

 だからちゃんとした剣術の指導を受けられる機会っつうのは少し、いや相当に興味がある。

「…アロイス、顔に書いてあるよ。
 新しい技を試してみたい、ってさあ」

 そんな事を考えてたら、ディアナに図星をあてられた。

「兄ちゃんってさ、思ったことがすぐ顔に出るもんね」

「そうねー、わかりやすいよねー」

 カミルもビアンカも、揃って言いたい放題だ。
 傍からみてると、俺ってそんなにわかりやすいんだろうか…?

「まあ、その剣士さんの技が私達の求めるものかは、実際に見てみないとわからないからね。
 前回の仕事でビロード公から多めに報酬を貰えたし、とりあえずその旅の剣士さんとやらに、会うだけ会ってみましょうか」

 というロザリーの言葉に、誰からも反対の声は上がらなかったので。
 俺達はいつもの宿に帰る前に、ちょっとだけ寄り道をすることにしたんだ。


 その日の昼下がり、俺達はリューンの郊外を歩きながら、旅の剣士さんがいるという場所を探していた。
 このへんは建物もまばらで、少し先にはたくさんの木が植えてある広場もある。
 カミルの話だと、件の剣士は昼間、その広場で技を教えているらしい。

 大都市のリューンの中にも、こんなのどかな景色があるのか。
 俺は故郷を思い出して、少し懐かしい気持ちになっていた。

 空からは、今年になって初めての雪。
 雪を見ると、冬が来たんだって実感するな。
 俺の故郷はここからずっと北にあるから、今頃はもう雪が積もってる頃だろうか?

「うへえ、寒い寒いとは思ってたけど、とうとう雪まで降って来ちゃったね。
 指先が冷えると動きが悪くなるし、冬は嫌いなんだよなぁ」

 雨避けのマントの中で身体を縮こませたカミルが、心底嫌そうな声をあげる。

「カミルくんはさむいのがダメなんだね。
 こんなにきれいなのに」

 対照的に、さっきからはしゃいでるのがビアンカだ。
 はらはらと降ってくる雪の粒を見上げながら、嬉しそうに歩いている。

「おいら、寒いのとひもじいのは、昔っからダメなんだよう。
 身体も気持ちも侘しくなっちゃうからさ」

 大げさな動作で、ぶるぶると体を震わせるカミル。

「それでは宿に帰ったら、親父さんに温かいスープを注文することにしましょう。
 そのためにも、早く目的の人物を探さなくてはなりませんね。
 …おや、あの木立の脇に立っているあの御仁、もしかするとあの方がそうでしょうか?」

 エミリオが真っ直ぐに指差した先には、まだ幼いという印象すら受ける、中性的な若者が佇んでいた。
 髪の色は舞い落ちる雪のように白く、物腰は凪いだ湖面のように泰然として、澄んだハシバミ色の瞳は、まるでどこか遠くを見てるみてえだ。
 そして腰に下げている一振りの長剣…異国のものらしく、緩やかなカーブを描いた美しい剣だ…が、彼女が剣士であることを物語っていた。

 そう、俺達の探していた旅の剣士さんとは、女性だったんだ。

 見たところ一人みてえだが、妙齢の女性が一人で旅をするっつうのは、想像以上に過酷で、危険を伴う。
 俺達冒険者の間でも、女の一人旅ってやつは、ほとんど聞いた事がねえくらいだ。
 それでも、この剣士さんは独りでいる、それはつまり、そんだけ優れた腕を持っているって証、ってことになる。

 これなら、彼女が教えている技にも、期待して良さそうだ。

「こんにちは。
 私達は、貴女の噂を聞いて、ここを尋ねてきたのですが、少しお話をさせて貰っても良いですか?」

 エミリオが丁寧な口調で、少女剣士に話しかける。

「噂?
 …うーん、ボクってそんなに噂になるようなことをしたかなあ?」

 俺達の方に向き直って、可愛らしく小首をかしげる仕草には、年相応のあどけなさがあった。
 腰に下げた剣が無ければ、彼女が剣士であることを一瞬、忘れそうになるくらいだ。

「まあ、こうして会えたのも何かの縁だし、君達は冒険者だろう?
 良かったら技能交渉でもしてみないかい?
 お互いを知るきっかけになればいい。
 …ボクはクレア、流れ者だけど、しばらくはこの辺にいるつもりだよ」

 だが、クレアと名乗った少女が差し出した、その手に残る無数の胼胝(たこ)と、傷の跡が。
 彼女が剣士であることを、何よりも物語っていた。


 互いに自己紹介をした後、俺達はクレアから、いろんな話を聞いた。

 彼女が旅に出た経緯。
 刀と呼ばれる東方の国の剣を、彼女が使っている理由。
 これまであちこちを旅して出会った、たくさんの人々の話。
 そして、彼女がなぜ、技能交渉と称して、出会った戦士たちに技を教えたり、教わったりしているのかについて。

 どうやら、クレアは意外と、話好きな性分らしい。
 彼女の旅先での出来事をいろいろ話してくれたし、俺達の仕事の話も、興味深そうに聞き入っていた。
 普段の彼女は、基本的に一人でいるらしいから、その反動かな?とクレアは言っていた。

 ちなみに、今俺がクレアの事を呼び捨てにしてるのは、彼女から互いに呼び捨てにしようと提案されたからだ。

 そして、話は彼女が修めている剣術の事に及ぶ。
 クレアの剣術は、カミルが聞いていた通り、東方の国に伝わる剣術をベースにしたものだった。
 『気』といわれる、体の内側や自然の中にあるエネルギーを、熱や冷気、風といった力に変換して、刀を通じて放つ技術らしい。

「あれ、それじゃあ姉ちゃんが持ってるような『刀』って武器じゃないと、その技は使えないの?」

「それは大丈夫だよ。
 一応刀で使うことを前提に生まれた技術ではあるけれど、このあたりで手に入る剣でも使えるから」

「私達は不死者を斬れる技を探しているのですが、そういった剣技はありますか?」

「気の力を使う剣術だから、亡者や幽霊相手が得意な技もいくつかあるね。
 ボクの教えられる技はここにまとめてあるから、適当に見ていってくれると嬉しいな」

 そう言うと、彼女が使える技の一覧が書かれた、目録のようなものを差し出してきた。

 大きく分けて、風と炎と氷を扱う技があるらしい。
 目録は技の属性ごと、大まかな難易度ごとに丁寧にまとめてあって、クレアの几帳面さがこんなところにも表れていた。

 クレアに断ったうえで、みんなで目録を回し読みして、探している技があるかを確認していく。

「風の技は勇ましき心で、炎の技は猛々しき心で、氷の技は静かなる心で振るうべし、ね。
 アロイスの特徴からして、たぶん適性が高いのは風か炎の技かしら?」

「ゆうれいさんもきれるわざ、けっこういっぱいあるんだね」

「アロイス、あんたが使う技なんだ、何かピンとくるものはあるかい?」

 そうだなあ、今の俺の技量じゃ、まだあまり難しい技は使えねえし、種類だってあれもこれもとはいかねえだろう。
 だから比較的平易な技で、いろんな状況に対応できて、かつ俺向き(ロザリー曰く風か炎系統)の技と言えば…
 よし、これにするか。

「それじゃあクレア…この【炎陽斬】っつう技について、詳しく教えてくれねえか?」

「ええと、簡単に言うと、体内の『気』を熱と光に変えて、刃に籠めて斬る技だね。
 炎に弱い相手や、亡霊みたいな不浄な輩には、特によく効くよ」

 俺が選んだ技を確認すると、クレアはゆっくり話し始めた。

「最初に体内で『気』を練る…力を溜めると言えば良いかな?
 ここまではボクの使う他の技と同じなんだけど、その時に太陽の熱と光を、一緒にイメージするんだ。
 そうしたら、自分の身体の中の『気』を、剣に沿って纏わせていくんだよ。
 刀身に熱と光が移ったイメージができたら、あとは敵に向かって思いきり刃を振りぬく。
 慣れてきたら、『気』を練って太陽の輝きを想像することと、剣を振るうことが、同時にできるようになるよ」

 目録の中からこの技を選んだのには、いくつか理由がある。
 勿論、習得の難易度が比較的低いと、目録に書いてあったのもその一つだが。
 一番の理由は、幽霊みたいな普通の剣が通じねえ奴も、斬る事ができるっつう技だからだ。

 今の俺達じゃ、もしそういう敵に出会った時は、ロザリーの魔法に頼るしかねえ。
 もしロザリーの身に何かあれば、簡単に手詰まっちまう。
 そうならねえ為に、この技は役に立ってくれるんじゃねえか、そう思ったんだ。

 それともうひとつ、これは単なる直感的なもんなんだが…
 目録を見せてもらった時、何だかこの【炎陽斬】って剣技に、妙に惹かれたつうのも、理由の一つになるかも知れねえ。

「良いんじゃないかな、兄ちゃんも気に入ってるみたいだし」

「そうね、当初の目的である不死者対策にもなる技だし、不満は無いわね。
 どうするのアロイス、クレアさんにこの技を教えてもらう?」

 俺の後ろから、仲間達の声がする。
 振り返ると、皆が大きく頷いて、俺が新しい技を学ぶのを認めてくれていた。

「それじゃあクレア、俺に【炎陽斬】を教えてくれねえか?」

「わかった、まずは一度見せた方が早いかな?
 ゆっくりやってみせるから、よく見ていてね」

 ロザリーがクレアに銀貨を支払うと、彼女はそれを大事にしまった後、俺に背を向けて数歩遠ざかり…クルリとこちらへ向き直る。
 振り向きざまの一瞬の動作で、彼女の右手は流れるように、愛用の刀へと添えられる。

「それじゃいくね。
 我が刃に、太陽の如き輝きを…」

 クレアの体内で、何か見えない力が膨れ上がっていくのを感じる。
 その力が刀に伝わると、鞘に収まったままの刀身から、橙色の輝きが溢れ出してるような気がした。

「…やあっ!」

 気合と共に、クレアが刀を抜いて一閃する。
 それとともに、刃に籠められた輝きが解き放たれて…確かに一瞬、太陽のような熱と光が、俺達とクレアとの間で輝いたんだ。

「ふう、こんな感じかな。
 体内で『気』を練る…力を蓄える感覚を掴むまでが大変だけど、そこがクリアできたら、習得は早いと思うよ」

 そういって、彼女はそばに置いてあった自分の荷物袋から、羊皮紙の束を俺に差し出してきた。
 これがきっと、【炎陽斬】の技術書なんだろう。

「ありがとう、あとでじっくり読ませてもらうよ。
 だけどその前に、今のクレアの技が目に焼き付いている間に、一度俺にも試させてもらっていいだろうか?」

 そう、なぜだか俺は今無性に、この新しい技を試してみたくなった。
 もちろん、実戦に使える段階に至るまでは、長い鍛錬が必要だろうが…
 クレアが目の前にいるうちに、この技を習熟するためのきっかけを、掴んでおきてえんだ。

「わかった、それじゃアロイス、一度自分の思うように、剣を振るってみて。
 それを見て、ボクが感じたことをアドバイスするから」

 俺は受け取ったばかりの技術書をカミルに預けて、仲間達やクレアと数歩距離をとった。
 『気』を練るという感覚は、正直よくわからねえが、クレアの話を信じるなら、まずは太陽の熱と光を思い浮かべれば良いんだな?

 俺は【クラウソナス】の柄に手をかけると、無心で太陽の輝きを思い浮かべた。

 真夏の太陽の煌めき、登る朝日の輝き、燃えるような夕陽の赤。
 思いつく限りの太陽のイメージを、頭の中に思い描く。

 考えろ、夢想しろ。
 太陽の眩しさを、優しさを、暖かさを、灼けつくような光を…

『そなたには才能がある。
 類稀なる勇敢な心と、不屈の魂と、想いに形を与える稀有なる才がある。
 我が祝福は既に授けた、今こそ日輪の輝きを想い描くのじゃ』

 突然、頭の中に年老いた、何歳かも想像つかねえくらいに年を重ねた婆さんの声が、響いた気がした。
 そして急に、頭のてっぺんが熱くなる。
 そこから体の中に、何かが降りてきて、体の中で『力』が急速に膨れ上がる。

 この感触は、以前に頭を撫でられた…
 荒々しき風が吹く霊峰の、その頂で…
 そうだ、あの山に住んでる婆さんの…

『さあ、内なる力を解き放つのじゃ!』

 俺は頭の中で響いた声に従って、無我夢中で手にした剣を振るった。
 俺の中から溢れ出た何かが、剣をつたって外気に触れ、そこで熱と光が生まれる。
 昇る太陽のような黄金の光が、【クラウソナス】の剣先からほんの一瞬、放たれた気がした。

 …できた…?
 クレアがやってみせたそれよりは、まだまだ弱い光だけど。
 今確かに、俺は太陽の輝きを招くことができた…のか?

「凄い…一度見ただけでものにする人がいたなんて…
 少し練習すれば、君ならすぐにでもこの技を使いこなせるだろう。
 アロイス、君にはきっと『気』を扱う才能があるよ!」

 クレアが、仲間達が、興奮した顔で俺に駆け寄ってくる。
 それを俺は、どこか遠くで起きた出来事みたいに眺めていた。

 何故なら、今しがた自分の身に起きた事で頭がいっぱいだったからだ。

 あの時、頭の中で響いたような気がした、声。
 その声は、かつて『風繰り嶺』で会った不思議な婆さんに、なんだか似ている気がした。
 
 あれは一体、なんだったんだろうか…?

-----------

 せっかく新しい技を覚えたのに、どこか上の空なアロイスの様子は、少々気になりますが。
 用事が済んだのですから、私達はそろそろ宿に戻らねばなりません。

 再開を願って、クレアさんと別れの挨拶を交わしたところで。

「そういえばクレアさん。
 あなたがこの場所を拠点にしたのは、何か理由があるのかしら?」

 不意にロザリーが、彼女へと声をかけたのです。

「んー、特にはないかなあ。
 剣術を教えるという特性上、人通りの少ない場所である必要があったから…そのくらいかな?」

 突然の問いかけに少し考えながら、クレアさんが答えます。

「そうなの、ならひとつ教えてあげるわね。
 このあたりに植えられている木は桜といって、昔々に遠く東の国から、リューンとの友好の証として贈られてきたものなの。
 あなたが学んだ剣術が興った国は、もしかしたらこの桜の故郷かもしれないわね。
 春になったら、辺り一面に薄紅色の花が咲いて、淡雪のように舞い落ちる、とても素敵な景色が見られるわよ」

「そうなんだ、それは良い事を聞いた。
 リューンに滞在する楽しみが、ひとつ増えたよ。
 しばらくはここにいるつもりだから、いつでも待ってるよ」

 リューン市民のロザリーらしい蘊蓄(うんちく)に、クレアさんの顔がほころびます。

「それとアロイス、君の剣はまだまだ粗削りだけど、鍛錬を続けたらきっと、君はいい剣士になれるだろう。
 その時は、君の学んだ技をボクに教えてくれたら嬉しいな」

 柔らかい笑顔を浮かべたクレアさんが、私達に手を振って送り出してくれました。

 ふと、彼女の背中を追い越すように、強い風が吹きました。
 風は降りしきる雪をはらんで、あたりを白く煌めかせます。

 それは、たった今ロザリーが話していた『桜』の花びらが、風に吹かれて舞っているかのようで。
 白い『花びら』の中に佇むクレアさんの姿が、とても儚げに見えたのでした。

 
-- 続きを読む --

[edit]

trackback: -- | comment: 2

『Sad in Satin』 光を目指して 

 
 ビロード公からの依頼を受ける為、公爵の邸宅に向かっていた私達は、紆余曲折の末…
 地元の木こりの人から教わった洞窟の中を、大急ぎで進んでおりました。

 揺らめく松明の炎だけでは、ジメジメとした洞窟の暗闇を照らすには不充分。
 そこかしこにできた暗く深い影は、それだけで私達の道行きを怪しくします。
 本来なら、ここは出来る限り慎重に進むのが常道でしょう。

 そしてこの洞窟は、ただ暗いことと、湿って足元が滑ることのみが脅威ではありません。
 死してなお救いを得られず、現世を彷徨う亡者達が多数、洞窟の闇の奥に蠢いているのです。
 彼ら一人一人の前で足を止め、哀れなる死者に祈りを捧げるのが、信仰者としての私の責務でしょう。

 ああ、足を止めるべき理由なら、こんなにも沢山あるのに。
 今は祈る時間すらも惜しんで、先を急がねばなりません。
 これは、神が与えたもうた試練でしょうか…

「エミリオ、お前には済まねえが、とにかく時間がねえ。
 今は悩みを振り払って、先に進むぞ」

 アロイスにそう言われて、ようやく私は、仲間達から一歩ぶん遅れを取っていることに気が付きました。
 声をかけたアロイスはというと、こちらを振り返る事もなく、淡々と先に進んでいます。
 彼は気配だけで(足音などから情報を得たのでしょうか?)、私が悩み、歩みが止まっていることを見抜いていたのでした。
 これが戦士としても成長しつつある、彼の実力の一端なのでしょうか。

「…皆も、それでいいな?
 まずは一歩でも足を進めよう…あとの事は、ここを出てから考えるぞ」

 そしてアロイスは、短い言葉で的確に、皆の心をひとつにまとめあげます。

「それじゃ、おいらが前の方の様子に注意しながら先に進むから、みんなついてきて。
 この洞窟は川の下を通ってるから湿気が凄いし、濡れた石で転ばないように気を付けてね」

 カミルが高く松明を掲げ、あたりがほんの少しだけ明るくなりました。
 仄暗い明かりの中、私達は頷きあうと、意を決して洞窟の深き闇の中へと、進んでいったのでした。

 この奥にあるはずの、出口を目指して。
 陽の光が差す場所を目指して。

-----------

 時間は、ほんの少しだけ巻き戻る。
 最初に俺達が洞窟に突入してすぐに、ゾンビどもに出くわして、慌てて戻ってきたところだ。

 俺は、この先どう進むべきかを、必死で考えていた。

 次の仕事の打ち合わせの為、俺達は公爵の屋敷へ急がなきゃならねえ。
 仕事内容はゾンビ退治、まあ正確に言やあ、その為の計画とか、後始末なんかも含めての仕事、って事らしい。
 だが公爵に会うためには、大遅刻を覚悟で引き返して、大回りの山道を行くか。
 もしくは、近道だけどゾンビどもがうようよいる洞窟(たぶん今回の依頼の現場だ)を、どうにかして抜けるしかねえ。

 もし仮に洞窟を抜けるにしたって、『どうやって』ゾンビの群れに対処すればいいんだ?
 今の俺達の格好はとても戦闘向けじゃねえし、そもそも戦うための獲物が無え。
 うっかり素手でゾンビを殴ろうものなら、借り物の服を台無しにしちまう事くらい、考えなくてもわかる。
 あるいはゾンビどもを全部避けてくか?いやいや、それこそ気狂いじみた話だ…

 どうする?
 どの選択が、俺達にとっての最善なんだ…?

 俺は目を閉じて、無い頭を必死に捻って、考え続けてた。


「…ねえお兄ちゃん、わたしのお歌はやくにたてない?」

 そんなときだ。
 突然、俺の耳にビアンカの声が飛び込んできたのは。

 歌か。
 ビアンカの歌といやあ、動物を呼んで戦ってもらう奴と…
 そうか、あれがあったか!

「よし、それならやることは一つだ。
 今からゾンビどもの間を潜り抜けて、洞窟の突破を目指すぞ」

 俺は皆を見渡すと、大きな声で宣言した。
 突然の大声に、びっくりしながら振り返った皆の表情は、やっぱり少し不安そうな顔をしていた。

「洞窟に入る前に、エミリオは防護と祝福の秘蹟を、俺達全員に頼む。
 ビアンカは新しく買ったあの歌を歌ってくれ、あといつもの動物達も、今のうちにできるだけ呼んでおくんだ。
 カミルは俺達の先導を頼む、こういう場所はお前の目と耳が一番の頼りだ。
 ディアナとロザリーはいつも通り、邪魔なゾンビどもをどける役割だな、だが決して無理はするなよ。
 大丈夫、落ち着いてやりゃあ、きっとやり遂げられる」

 こういう時、俺がまごまごしちゃあならねえ。
 今俺が為すべきは、皆が迷った時に決断することと、皆が怖気づいた時に勇気づけること。
 だから俺は不安を押し隠して、皆に次々と指示を出した。

 実際、ある程度の勝算はある。
 ビアンカが先日旅の商人から教わった歌には、確か刃を退ける加護の力があったはずだ。
 歌の力の援護がありゃあ、元々動きが早い方じゃねえゾンビどもからなら、今の俺達なら逃げ切れるんじゃねえかと、俺は考えたんだ。

「ええと、そういう方針で行くなら、おいらにもひとつ考えがあるよ。
 …ねえねえ、そこの木こりのおっちゃん。
 おっちゃんが持ってる材木、何本か譲ってくれないかな?」

 そう言うが早いか、カミルは俺達を案内してくれた木こりの荷車から、角材を引っ張り出しちまった。
 そしてそれを、ナイフでどんどん削っていく。

「ほげっ!?
 これは領主様の言いつけで買ってきた資材で…ああもう、童っこは話も聞かずに削り出しちまったべさ」

 慌てる木こりの兄ちゃん。
 だが素早くロザリーが駆け寄って耳打ちすると、木こりは納得してくれたみてえだ。
 おおかた、ちゃんと材木を適正な価格で買い取るってあたりで、話をまとめたんだろうな。

 そして、そんな話をしている間に。

「…できた!
 ゾンビと戦って服を汚せないし、兄ちゃんや姐さんには武器が要るよね。
 だからとりあえず、こんなものを作ってみたよ」

 カミルは角材から長物…要はやたらと長い棍棒だな…を、器用に削りだしていたんだ。

「へえ、こいつは使えそうだね。
 借り物の服を着たまま、腐れゾンビどもを蹴飛ばすわけにはいかないからね。
 助かるよカミル」

 ディアナがひゅう、と口笛を吹く。

「んじゃ、これと同じものを…そうだね、あと2つ作っておくよ。
 おっちゃんとビアンカちゃんが術をかけてる間に、そのくらいなら作れると思う。
 というわけで木こりのおっちゃん、材木もう2本ちょうだいね」

「構わんけんど、ちゃんと弁償はしてもらうだよ」

「ええ、『道を拓く者』の名に懸けて、適正な取引は守ります。
 ところで、洞窟の中の事で、もう少し伺いたいことがあるのですが…」

 ロザリーは材木の代金を支払いながら、木こりの兄ちゃんと何やら話を始めている。
 ここから断片的に聞こえるのは、洞窟の構造がどうのとか、中のゾンビについてとか、そんな話みてえだな。

 大事なことだから、俺も聞く側に回りてえんだが、今は我慢だ。
 俺の仕事は戦うこと、つまり洞窟の中のゾンビたちを仲間に寄せ付けねえことだ。
 中に入ったらすぐに動けるように、今のうちにしっかりと準備運動をしておかねえとな。

 あれ?この服着てると、なんだかすごく、動きにくいぞ?
 特に上着がきゅうくつなせいか。背中と肩が引っ張られるみてえで、全然腕が上がらねえ…

 どうにもこうにも困ってると、俺と同じように柔軟体操をしていたディアナと目が合った。

「アロイス、そのままの格好で、ちょいと腕を前に出しな」

 俺の様子を察したらしいディアナが、なぜか俺の後ろに回り込む。
 何のことだかよくわからねえが、とりあえず言われた通りに、俺は腕をまっすぐ前に突き出した。

 するとディアナは、後ろから俺の上着の襟首をつかんで…そのままするりと俺の体から服を抜き取っちまった。

「っと、これでよし、あんたも上着が無けりゃ、ちったあ動きやすいだろう?
 洞窟を抜けたら、この服は誰かに着つけてもらいな」 

 そう言って、ディアナは俺の胸元に上着を押し付ける。
 おお、確かにこれでずいぶんと動きやすくなった。

 ディアナから受け取った上着は、胴の部分を腰の後ろに当ててから、腕の布地を前に回して、腹のところで縛っておいた。
 これなら、少々派手に動いても邪魔にはならねえだろう。

「ひとまず中の様子はわかったわ…ってアロイス、なんで上着を脱いでるのよ。
 もう、ここを抜けたらすぐ服を着るのよ?公爵にその恰好を見せるわけにはいかないもの」

 木こりとの話を終えたロザリーが、俺を見るなり慌てて顔をそらした。
 別にこの格好で公爵さんに会うわけじゃあるめえし、ちゃんと下着は着てるんだし、一体何を驚いてるんだろうか…?

「…はい、全員の聖別が終わりました、私の準備はいつでもいいですよ」

「お歌もおわったよ、みんないつもよりうごきやすくなってると思う」

 ちょうど、エミリオとビアンカの準備も終わったようだ。

「よし、行くぞお前達、今からゾンビどもの間を、死ぬ気で避けるぞ」

「むしろ死んでも避けること、いいわね?」

「「「「おーっ!」」」」

 俺とロザリーのちょいと物騒な号令に、みんなが声をあげて答える。

 そして、手に手に松明や(角材から削りだした)長物を持った俺達は、パーティー結成以来、一番気合の入った突破行に挑むのだった。

-----------

 そして再び洞窟の中。
 私達はカミルの先導に従いながら、洞窟の奥を目指しておりました。
 揺らめく炎の向こう側、かすかに分かれ道らしきものがみえます…進むべきはどちらの道なのでしょうか。

 そう考えを巡らせていると、松明の明かりの中に、何者かの影が映りました。

「ゾンビが来たよ!
 右から1体、左前方から2体…みんな、気合で避けてねっ」

「避けるっつっても、この狭さだとちょいと難しいし、数を減らすか。
 ひとまずお前には一足先に、退散してもらう…ぜっ!」

 アロイスが角材(を削って作った長物)を思いきり振りかぶって、左手のゾンビの一体を壁まで弾き飛ばしました。
 彼の得意技、【強打】の一撃です。
 あまりの衝撃に、胴体だった場所はひしゃげ、あたりに腐った肉片をまき散らし…そのまま、哀れなる死者は動かなくなったのです。
 私はとっさに十字を切って、哀れなる者が天に導かれるよう、短く神に祈りを捧げました。
 (私どもの教会の聖印は十字の形をしておりまして、十字を切るのは空中に聖印の姿を描くという意味があるのです)

 …肉片をまき散らし?
 まさか服を汚したりは…ええと、大丈夫なようですね。
 あのあたりには他に誰もいませんでしたし、アロイス自身も距離をとって攻撃してましたから。

 今回はただここを突破するだけでなく、『服を汚さないように』という追加の使命もあるのが、状況を難しくしています。
 ゾンビの攻撃を受けるのは勿論、至近距離から彼らに攻撃することもまた、避けねばなりません。
 飛び散った死者の肉片を浴びてもまた、私達の任務は失敗になるのですから。

「逃げ込むとはいっても、どっちに行けば良いんだい?
 もしこの先が行き止まりだったりしたら、あたい達は揃って袋の鼠さね」

 ディアナが手近なゾンビを角材で殴りつけて、道を切り開きながらぼやいています。

「さっきの木こりの人の話だと、この洞窟の分かれ道は、片方が先に進む道、もう片方が行き止まりになってるそうよ?
 何とかしてこの先の道を調べられれば良いんだけど…そうね、道の先に松明でも投げ込んでみたらどうかしら?
 カミルの目なら、炎が通り抜ける一瞬でも、先を見通せるかもしれないし」

 そうですね、少々賭けにはなりますが、ロザリーの案は悪くないと思います。
 ただ、この先の全ての分かれ道に投げ込むには、荷物袋の中の松明の数が、少々心許ありませんが…

「みんな、ちょっと待って。
 お姉ちゃん、この先のようすがわかればいいんだよね?
 それじゃ、どうぶつさんにたのんで、しらべてもらってくるね!」

 そう言うなり、ビアンカは従えていた動物の精の片方を、洞窟の奥の方に飛ばしたのです。
 (鍛錬を重ねた彼女は、今では同時に2体までの動物に力を借りられるようになっておりました)

 ビアンカが従えた動物の精の片割れ、狼の体当たりが、ディアナが殴りつけたゾンビを遠くに吹き飛ばします。
 道が開けたところに、偵察に向かわせていた動物…鷹の精が戻ってきました。

「だいじょうぶ、右がわの道はちゃんとつづいてるし、ゾンビさんもいないよ!」

 美しいソプラノの声が、洞窟の中に響きます。

「よくやったビアンカ。
 よし、ちょうど道は開けた、このまま奥まで突っ切るぞ!」

 アロイスの号令に従い、私達は右手側の分かれ道に飛び込みます。
 なおも追いすがるゾンビは、私が地面に叩き伏せ(神よお許しを)、その隙に無事、全員この場を逃げおおせたのでした。

-----------

 洞窟を抜けた先には、ちょいと開けた場所になっていた。
 大きな部屋くれえの広間の真ん中には、木製の大きな…ロザリーの体くらいのでかさの物体が置かれている。
 どうやら弩(いしゆみ)っていう、絡繰(からくり)仕掛のでっかい弓みてえだ。

 …だがそもそも、なんでこんなところに弩なんてあるんだ?

「恐らく、ここにいるゾンビたちが、まだ生きてた頃のものじゃないかしら。
 さっき表で大工さんに聞いた話なんだけど、ここのゾンビ達って、元はと言えば50年程前に暮らしてた領民の、成れの果てらしいの。
 当時の領民達は、先々代の領主の圧政に耐えかねて、この洞窟に集まって反逆を企てていたそうよ。
 けれど彼らは『何らかの理由で』洞窟ごと生き埋めになり、死した後にゾンビとなった、というわけ。
 だからこの弩は、きっとかつての領民たちが用意して、結局は使われずに残ったもの、ということになるわね」

 驚く俺達に、手早くロザリーが説明してくれた。

 おいおい。
 ロザリーはサラリと話してるが、このへんには結構なエグい歴史もあったんだなぁ。

「ねえねえ、これって今でもうごくのかなぁ?
 もしうごくなら、ゾンビさんたちにちかづかなくても、たたかえるよね」

 そう言いながら、ビアンカが弩の土台をペタペタと触っている。

 確かに、この弩が使えるんなら、ありがてえ話だが…
 ロザリーの話じゃあ、こいつは50年前の領民たちが急ごしらえで作った、相当な年代物だ。
 そもそもまともに動くんだろうか?

「…まずいね、おいら達囲まれてるよ。
 ええと、相手は全部で4体かな?」

 当時に思いを馳せてた俺達は、カミルの一言で現実に引き戻された。
 目を凝らすと、松明の明かりが届くギリギリの範囲に、確かに蠢く影がみえる。

「とりあえず、この弩のことはひとまず置いておくぞ。
 まずは目の前のゾンビどもの相手からだ。
 左の奴は俺がやるから、ディアナとエミリオは右の奴らを頼む」

 俺は皆に声をかけながら、棍棒代わりの角材を握りしめた。


”…貫け!”

 ロザリーの【魔法の矢】が、最後に残ったゾンビの頭を貫いた。
 頭を無くしたゾンビの身体がビクリと跳ねて、そのまま倒れて動かなくなる。

 ビアンカの恵みの歌と、エミリオの秘蹟の効果は凄まじかった。
 ゾンビどもの攻撃は軽々と躱せるし、こっちの攻撃は一発一発が必殺の威力へと跳ね上がっている。
 この調子なら、奴らの奇襲さえ受けなければ、このまま押し切れそうな感じもしてきた。

「ふう、このあたりのゾンビはこれで最後ね。
 みんな、転んだり服を汚されたりはしてないわね?」

 掲げていた【賢者の杖】をおろしながら、ロザリーが仲間の無事を確認する。
 …ざっと周りを見渡した限りじゃあ、今のところは全員大丈夫みてえだ。

「そういえば、さきほど話が途中で終わってましたね。
 確か、ここに置き去りにされている弩を、今後利用するかどうかという話でしたか」

「うーん…ぱっと見た感じなんだけど、いくらなんでも古すぎるんだよね。
 絶対に何十年も整備なんてしてないだろうし、まともに使えるとは思わない方が良いんじゃないかなぁ。
 そもそも、このへんのゾンビ達はもう倒しちゃったから、ここじゃあ弩には用が無いしね」

 エミリオから話題を振られた頃には、カミルは既に弩を調べ終えてたみてえだ。
 そしてこっちに振り返ると、大げさに肩をすくめてみせる。

「それなら、このガラクタは放っておいて、とっとと先に進まないかい?
 あまり時間もないんだからさぁ」

「まあまあ姐さん、そう焦らない。
 弩としては役に立たなくても、こいつの使い道はあると思うよ?」

 そういって、なぜかカミルは俺の方を指さす。

「この弩は台座つきだから、押せば動きそうだし、持っていったらいいと思うんだ。
 この大きさなら盾やバリケードの代わりにできるし、勢いをつけてゾンビにぶつけてやれば、圧し潰せちゃったりするんじゃない?
 というわけで兄ちゃん、頑張って押してってくれる?」

 松明の不安定な明かりに照らされて、カミルの顔がニタリ、と歪む。
 おい待てカミル、俺にこの重そうな弩を押していけというのか?

「なるほど、良いアイディアね。
 それなら少しは安心して先に進めるかも知れないわ…というわけでアロイス、頼んだわよ」

 ロザリーも賛同して、なんだかこのまま話が決まっちまいそうな雰囲気だ。

 まあ、うちのパーティーの中じゃ、力仕事は俺の領分だしな。
 今更俺が文句を言っても状況が変わらねえし、皆の役に立つっつうんなら、こいつを押してくのもまあ、構わねえか。
 だが問題は、もうひとつ。

「わかったわかった、でもどっちに押せば良いんだ?
 俺は夜目が効く方じゃねえし、言われた方向に押してくことしかできねえぞ?」

 そう、この広間の先も分かれ道になってて、俺にはどっちに行けば良いのかわからねえんだ。

「それなら、あたしがどうぶつさんにおねがいして、しらべてもらうね!
 お歌のじゅんびをするから、お兄ちゃんすこしだけまっててくれる?」

「ならば私も今のうちに、皆さんに【祝福】をかけ直しておきますね。
 秘蹟の力があれば、アロイスの力仕事の手助けになると思いますから。
 それに、そろそろ先程かけた秘蹟の効果時間が心許ないですし」

 朗らかなビアンカの声に、得意げな調子のエミリオが続く。
 確かにふたりの術の援護はすごくありがてえ、ありがてえんだが…

「兄ちゃんは弩を押してたら前が見えないだろうし、おいらが先頭に立って案内するね。
 でも、押すときに勢いをつけすぎて、おいらごと巻き込まないようにしてね?」

「そうさねえ、アロイスは何かに夢中になると、周りが見えなくなるからねえ。
 カミルも轢かれない様に気を付けるんだよ」

 ああ、弩を押すこと自体は、誰一人として手伝おうとはしねえんだな。
 全くお前達ときたら、笑顔で好き勝手言いやがって。
 俺はどうにも調子のいい仲間達に苦笑しながら、エミリオ達の術の完成を待つ間、大きな弩を動かすための準備運動を始めた。

-----------

「襤褸は着てても心は…」

「ぬおぉぉぉりゃあぁぁああっ!!」

 襲いかかるゾンビ達の声に覆いかぶせるようにして、兄ちゃんが吼える。
 そして、兄ちゃんが押していた台座付きの弩が、ものすごい勢いでゾンビ達の群れにつっこんでいく。

 実は、兄ちゃんとゾンビどもの間には、松明をもって先導してるおいらがいるんだけど…
 来るとわかってれば、簡単に避けられるよね。
 おいらは振り向くこともせず、音と気配だけを頼りに、後ろからやってくる動く壁(弩の事ね)を避ける。

 けれど、ゾンビ達はそうもいかなかったみたい。
 奴らの1体が、弩の体当たりをまともに喰らって、勢いよく押し戻されていく。
 そして…そのまま本物の岩壁と挟まれて、ぺしゃんこになっちゃった。

 まあ、運んできた弩もバラバラになっちゃったけど、ゾンビを1体巻き添えにできたし、上出来だよね?

「よしお前達、この調子でいくぞ!」

 兄ちゃんが背負ってた長物をすばやく構えて、おいら達に号令を出す。
 ゾンビの数は…あと5体か、逃げ出すにはちょいと多いね。
 なんとかしてあいつらの頭数を減らして、隙をつくらないと。

 と言っても、おいらの短剣はゾンビ達にはあんまり効かなさそうだし、服を汚せないからあんまり近づきたくないし…
 よし、殴り合うのは兄ちゃんや姐さん達に任せて、おいらはあいつらの注意をかき乱す方向で動こうっと。
 兄ちゃん達とゾンビどもの間に入って、あいつらを牽制してるだけでも、おいらのことを鬱陶しく感じるはず。
 注意が逸れたやつから姉ちゃんの魔法で撃ち抜いてもらえば、イケると思う!

「まずは一体ずつやるよっ!
 エミリオ、合わせなっ!」

 姐さんが腰だめに構えた長物を突き出して、ゾンビの体勢を崩す。

「心得ましたっ!」

 おっちゃんも角材を振り回して、姐さんが殴ったゾンビを激しく打ち据える。
 べちゃり、と地面に叩きつけられたゾンビは、それでもおいら達を怨みのこもった瞳で睨み返してくる。
 (まあ、奴らの目玉は完全に濁ってるから、どっち向いてるのかは割とわかりづらいんだけどね)

「カミル君、みぎがわ!
 そっちに光が、出口がみえたって、どうぶつさんがおしえてくれたの!
 おねがい!」

 後ろから動物の精を飛ばしてたビアンカちゃんが、大きな声で叫んでいる。
 えっ、出口?この先に出口があるの?
 
「それは確かね、ビアンカ?なら私も出し惜しみせずに行くわ。
 カミル、援護するから、右手の道を切り開きなさい!
 真言にて招くは粋(すい)なる力、集い模(かたど)るは光輝なる刃… 貫け!”

 姉ちゃんの魔法が、一番近くにいたゾンビを吹き飛ばす。

「ありがとう姉ちゃん!、ビアンカちゃん!
 よしゾンビども、お前達の相手はおいらだっ!」

 ビアンカちゃんにもお願いされちゃったし、ここで頑張らなかったら男がすたるよね!
 よーし、やるぞー!

 おいらは松明を握りしめると、ぶんぶんと思いきり振り回す。
 生き物ってのは本能的に、火を恐れるもの。
 まあゾンビは生き物じゃあないんだけど、元々は人間だし、火を怖がる性質は残ってるんじゃないかな。
 だからこの松明に注意を引き付けて、奴らを左側の壁際に誘導すれば、右手に道ができるはず!

「うおおおおっ!」

 おいらの後ろでは、兄ちゃんが叫び声をあげながら、さらに1体のゾンビを叩き潰す。
 よし、これで道が開けた!

「ビアンカちゃん、みんな、こっちだよ…」

 振り向きながら、おいらがみんなを呼び寄せようとしたとき。
 ふと後ろから、なにかの影が迫ってくるのを感じた。
 慌てて飛びのくと…新たにあらわれたゾンビが、おいらに抱きつくようにして腕を振りかぶるところだった。

 さっきまでおいらが立っていた場所を、ゾンビの腐った腕が通り過ぎていく。

 あ、ああああ危なかったあ!
 体がガタガタと震えだすのを、思わず腰が砕けそうになるのを、おいらは何とか抑えて踏みとどまる。

「カミル、下がれっ、いったん体制を立て直すぞ!」

 兄ちゃんの号令に従って、おいらはタタッと後ろに下がる。
 ええと、残りはあと4体か、意外に数が減ってないね…

「まずは1体ずつ、確実に仕留めるんだ。
 さらに増援が来る前に、状況をこっちに傾けるぞ」

 うん、わかった。
 こういうときこそ、慌てず着実に、だね。

 おいら達の気迫を感じたのか、残りのゾンビ達は一斉においら達に殴りかかってきた。
 兄ちゃんに、姐さんに、おいらに、腐汁を滴らせたゾンビ達が襲いかかる。

 でも、ビアンカちゃんの祝福の歌に守られたおいら達には、鈍くさい奴らの攻撃なんて、あたりっこない。
 反対に、(多分牽制のつもりで振り回してた)ビアンカちゃんの松明が、1体の頭を思い切り打ちつけちゃっている。
 燃える松明で顔面を焦がされたゾンビは、苦しそうに、恨めしそうに、めちゃめちゃに腕を振り回す。

 それはまるで、断末魔の叫びのようで…
 苦悶の呻きをあげながら暴れるゾンビが、なぜだか急に、かわいそうに思えてきちゃった。
 そういえば、ここにいるゾンビ達は、昔ここで生きて暮らしてた、ふつうの人達だったんだもんね。

「…お逝きなさい!」

 暴れるゾンビは、おっちゃんの一撃で地面に叩き伏せられて、ようやく苦しみから解放されたかのように、動かなくなった。
 …うん、今度こそ安らかに、眠れると良いね。

「はああっ!」

「せいやあっ!」

 兄ちゃんと姐さんのコンビが、残ったゾンビを1体ずつ打ち倒す。
 これで残り1体…よし、今ならいけるんじゃないかな。

「ねえみんな、もう行こう?
 ゾンビが1体だけなら、おいらだけでも抑えてられるし、今なら余裕で突破できるよ」

 うん、すでに割といっぱいゾンビ達を倒しちゃった気がするけど、おいら達はまだ公爵から正式には依頼をうけていない。
 ここでゾンビを全滅させちゃったら、依頼が依頼じゃなくなっちゃうもんね。

 それに、ここのゾンビ達をみていても感じたけど、なんだか今回の依頼には、事情がある気がするんだよね。
 一応、おいらも盗賊の端くれだし、洞窟に入る前に姉ちゃんが木こりのおっちゃんとしてた話、ある程度は盗み聞きしてたんだよ。
 そこでの話が本当なら、今回の依頼は正確には、ゾンビの『退治』じゃなくて『供養』が目的らしいんだ。
 詳しい経緯は公爵さんに聞かないとわからないけど、前もってゾンビを全滅させちゃうのは、やっぱり止めといた方が良い気がする。

「そうだな、よしお前達、一気に抜けるぞ!」

 なおも鈍い動きで追いすがろうとするゾンビを、兄ちゃんが長物の一振りで壁際に追いやる。
 その隙においらたちは、死臭漂う洞窟の中を、一気に駆け抜けたんだ。

 ただまっすぐに出口を…光の差す方を目指して。

-----------

「ぷはーっ!」

 薄暗い洞窟を駆け抜けた俺達が最初にしたことは、新鮮な空気を思いきり吸い込むことだった。

「あー、あたいは息が詰まるかとおもったよ。
 なんだかこうしているだけで、生き返った気分だねえ」

 ディアナが大きく背伸びをしながら、深呼吸をしている。
 見渡すと、他の皆も仕事を終えた後みてえな、晴れやかな顔をしていた。

「皆、安心するのは早いわよ?
 そもそも私達は、まだ仕事を受けてすらいないんだから」

 おっと、そうだったな。
 さっきまでの強行突破を無事にやり遂げたからか、半分仕事が終わった気分になっちまってた。

「とりあえずアロイスの上着の着付けは、私が手伝いましょう。
 その間に皆様はお互いに、着崩れた服を直したり、土埃を払ったりしておいてください。
 公爵との面談の時間には、まだ間に合うはずです」

 そうだな、ここはエミリオの言葉に甘えるとしよう。
 カミルは時間の無い中でよく全員分の礼服を探してくれたんだが、やっぱり俺にはちいと小さい。
 こう、腕とか胸とかがつかえて、上着だけはどうにも、一人じゃ脱ぎ着が難しいんだよな…

 そうやって、みんなでワイワイと身支度を整え直していると。
 俺達のわりと近くで、ふと人が動く気配がしたんだ。

 俺は素早く手を真上にあげて、その後で降ろした手を口元に、指を一本立てて当てる。
 順に『注目しろ』『静かにしろ』という、俺達同士の合図(ハンドサイン)だ。

 ここは公爵邸の近くとは言え、周りはただの森と草原…そうそう人がいるような場所じゃねえ。
 こんなところを人が歩いてるって時点で、警戒するに越した事はねえだろう。

 やがて、森の中から現れたのは…堂々としたいでたちの中年の男と、その従者然とした老紳士。

「私はこの地の領主、ビロードだ。
 お前達に質問がある…いったい何者だ?ここで何をしている?
 まさか、屍ではあるまいな」

 そして驚くことに、男は俺達の依頼主である、ビロード公その人だと名乗ったんだ。
 一目でわかる仕立ての良い服、堂々とした佇まい…疑う要素が見当たらねえ。
 俺達の間に、怪物を目の前にした時とは別の種類の緊張が走る。

「ははっ。
 おれ…いや、私どもは、ご領主様の依頼に馳せ参じた冒険者、『道を拓く者』と申します。
 長雨にて橋が崩れておりましたゆえ、下見も兼ね、屍の洞窟を抜けた次第にございます」

 俺は途中で噛みそうになりながら、何とか先日の特訓通りの言葉遣いで、公爵への挨拶を切り抜ける。

「下見の時間など、あとで幾らでもあろうに。
 本当にそれで通ったのか?」

 公爵は俺達の事を、疑わしそうな目でじっとりと眺め…ひとつ大きなため息をつく。

「ふむ、冒険者という者達の考える事はよくわからぬ。
 普通ならこのような洞窟を抜けるなど、気狂いの沙汰に違いない、違いないのだが…
 まさか泥一つ付けてないとは、な…」

 どうやら公爵は、俺達の説明と現状との噛み合わなさに、ちょいと混乱しているようだった。
 まあ、普通はゾンビの巣の中を歩いてくる奴なんて、いるわけもねえ。
 ましてや、奮発した礼服でめかしこんだ上で、ときたもんだ。
 そりゃあ傍からみたら、全くわけがわからねえだろう…自分で言ってても、意味が分かんねえと思う。

「…恐れながら申し上げます」

 そこにすっと割って入ったのが、ロザリーだ。

「私達にとって、この程度の洞窟は困難などとは申しません。
 暗闇など網の目隠し、屍の歩みなどは風に揺れる葦の葉にも等しゅうございます。
 景色の違いを除いたならば、石畳の街路を往くのと大した差はありませぬ」

 公爵に優雅に一礼すると、そこから立て板に水を流すかの如く、ペラペラと訴えかけ始めたのだ。
 更にロザリーは白い腕をサッと振るって、公爵の目線を俺達へと向けさせる。

「その証拠に、ご覧下さい。
 この場には腐臭を引きずる者も、膝を擦った者もおりません。
 身の程を知らずして自負するものでないことは、ご覧の通りにございます」

 …いやあ、ロザリーは前から弁が立つ方だとは思っていたが。
 貴族を前にしても全く物怖じしねえどころか、ハッタリを織り交ぜつつ交渉できるほど、肝が据わってるときたもんだ。
 こいつが味方であって、仲間であって良かったって、今心の底から思ったな。

「ふむ、疑う余地が無い。
 冒険者たるもの、まさかこれほどとは…
 爺よ、今回はお前の見聞、当てにならなかったな」

「左様にございますな。
 しかし、むしろ当てにならずに良かったように思います」

 そう言って、主人の脇に控えていた老人が深々と頭を下げる。

 …今の動作は、俺達に向けてのもんじゃねえ。
 あくまでも、自身の主人への礼を尽くす為のもんだな。

「そうだな、幸運というより他はない。
 何とも良い巡り合わせよ。
 さてお前達、ついて参れ、邸に案内しよう…期待しておるぞ」

 そういって、ビロード公は俺達に背を向けると、ツカツカと歩き出した。
 脇に立っていた老紳士も、その後に続く。
 その姿はまるで、俺達の事なぞ目に入ってねえかのようだ。

 だが、俺は見逃さなかった。
 公爵がその身体を翻す瞬間、口の端が持ち上がっていたのを。
 あれは、笑ってる…ってことは、俺達も少しは評価してもらえてるってことか…?

「よしお前達、今回は公爵を驚かせるくらい、完璧な仕事をやり遂げるぞ」

 俺は公爵とその従者には聞こえないよう、小さな声で皆に宣言する。

「「「「「おーっ」」」」」

 そして、仲間達もやっぱり小声で、けれど全員が一斉に、答えてくれたのだった。


 その後。
 数日をかけて、俺達はあの洞窟のゾンビどもを一掃した。

 今回の仕事は単純なゾンビ退治ではなく、屍の運搬、葬送、塚造りなど、細かい作業もいっぱいあった。
 公爵は『過去の領民の供養』と表現してたが、その言葉通り、いわゆる式典めいた段取りも必要とされていた。
 そのため、現在の領民達との連携も重視され、計画を立てるだけでも結構な難事だった。

 それでも、依頼主のビロード公が非常に協力的だった事もあって、俺達は完璧な手筈で、仕事をやり遂げることができたんだ。

 俺達は最終的に公爵から絶賛され、私兵として契約したいという言葉まで頂いた。
 公爵の寵を受けられるのは名誉な事とはいえ、冒険者を続ける為にも申し出は辞退したんだが。
 そしたら公爵は、代わりにと言って一枚の羊皮紙をしたためてくれた。

「嘘…これって公爵の花押(サインのようなもの)が入った、正式な感状じゃない!」

 公爵の前を辞した後、羊皮紙の中身をみたロザリーが、いつものすまし顔を忘れるくれえに興奮していたな。

 そのロザリーに後で聞いたんだが、感状っていうのは王侯貴族から送られる、俺達の功績を正式に讃えるという書面のこと。
 貴族から感状を貰えるということは、その貴族の庇護を得たのと同じ意味をもつんだとさ。

 俺達のような冒険者にとって、ビロード公のような有力な貴族に認めてもらえたのは、大きな力になる。

 例えば、世の中には冒険者の事を使い捨ての駒くれえにしか思ってない奴もいる。
 けれどそういう奴らも、貴族の庇護を受けた冒険者には、同じような振る舞いはできなくなるもんらしい。
 貴族と繋がってる人間を粗末に扱う事は、その後ろにいる貴族を蔑ろにすることにも繋がるからだ。

 他にも、顔を繋いだ貴族さんが個人的に仕事を頼んできたり、別の依頼人を紹介してくれることだってある。
 あちこちの場所を渡り歩く俺達にとって、貴族との繋がりを得られたのは、金には換えられねえ価値がある事なんだ。

「よかったね、みんなでがんばったから、こうしゃくさんがほめてくれたんだよね」

「おいら達が自分で言うのもアレだけどさ、今回のおいら達は、すごくいい仕事をしたと思うんだ。
 公爵さんにも認めてもらったし、報酬もどっさりもらったし、今回は満点の結果だね!」

 仕事を終えて『黒鉄の翼竜亭』へと帰る俺達は皆、やり遂げた充実感と、仕事ぶりを認められた満足感に満ちた表情をしていた。
 それはあのゾンビ達の洞窟を抜けて、出口の光を見つけた時にみた、皆の晴れやかな顔と同じだった。

「皆、本当によく頑張ってくれた。
 俺達の誰が欠けても、きっと公爵を満足させることはできなかっただろう」

 俺は皆を見回しながら、精一杯の、正直なきもちを伝える。

 そう、今の俺達が公爵の信頼を勝ち得たのは、これ以上ない出来栄えで仕事をやり遂げられたのは。
 俺達6人が、全員で力を合わせた結果だ。

 あの日、暗く湿った洞窟に挑んだ俺達は。
 屍の群れの中を越えるっつう、狂気の勝負に挑んだ俺達は。
 どうやら何とか暗闇の中を抜け出して、光差す場所に出てくることが出てきたみてえだ。

 
-- 続きを読む --

[edit]

trackback: -- | comment: 2

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。